悪魔の辞典

原題
The Devil's Dictionary
作者
アンブローズ・ビアス
作者(英語表記)
Ambrose Bierce
翻訳者
枯葉

P

PAIN [苦痛]

n. 快適でない気分のひとつ。肉体への物理的な仕事が原因かもしれない。または、純粋に精神的なものかもしれない。たとえば、他人の幸運が原因だったり。

PAINTING [描画・塗装]

n. 平面を雨風から守りつつ批評家にさらすという芸術

かつて、絵画と彫刻はまとめてひとつの作品とされていた。つまり、古代人は彫刻に彩色したのだ。いま現在、この2種類の芸術の関係といえば、現代の画家がパトロンの脛をかじるときのみ。

PALACE [宮殿・官邸・公邸]

n. 見た目もコストも壮大な住居。とくに、権力者の住居。キリスト教会の貴顕の住居もまた palace と呼ばれる。一方、創始者たちの住居は野原とか道端だった。進歩したものだ。

PALM [ヤシ・てのひら]

n. ある種の植物の総称。その一種、お馴染みの「ノドカラデルヤシ」(Palma hominis)はもっとも広く分布し、もっとも熱心に栽培されている。このご立派な植物が発散する不可視の樹液は、樹皮に金貨なり銀貨なりをあてがってみると検出されることがある。その場合、その金属は驚くべき強さで樹皮に固着してしまうであろう。ノドカラデルヤシの果実は苦くて腹持ちもよくないため、場合によっては、その大部分が「慈善」として知られる方法で投げ与えられる。

PALMISTRY [手相占い]

n. 947番目(ミンブルショウの分類による)のはったりによる金銭獲得術。手を閉じることでできるしわに「人格を読む」こと。これはかならずしもはったりとはいえない。この方法でたしかに人格をきわめて正確に読むことができるのだ。というのも、差し出される手のしわにはどれも「カモ」と書いてあるのだから。ではなぜこれが詐欺かというと、それを声に出して読み聞かせないからである。

PANDEMONIUM [万魔殿・パンデモニウム]

n. 文字どおり、あらゆる悪魔がすむ宮殿。その大部分は政治経済界に逃げこんでいて、この場所はいまや Audible Reformer (声のでかい改革主義者) の講堂として使われている。かれの声が不安をかきたてると、昔ながらの雷同者どもが、かれの自己顕示的プライドをもっとも満足させる適切な反応をかえしてくる。

PANTALOONS [パンタロン]

n. 文明的な成人男性の下半身用装束。このすばらしい衣装は、曲がるところに蝶番がついていない。ユーモアの分かる人間が考案したものと思われる。啓発された人々は「トラウザース」と呼び、取るにたりない連中は「パンツ」と呼ぶ。

PANTHEISM [汎神論]

n. すべてが神であるという主義のことで、神はすべてであるという主義とは対比的。

PANTOMIME [無言劇]

n. 言葉を冒涜することなくストーリーが語られる芝居。劇活動のうちもっとも肯定できない部分が少ないもの。

PARDON [赦す]

v. 罰則を免じて罪深い生活に復帰させる。罪の魅力に忘恩の誘惑を付け加える。

PASSPORT [パスポート]

n. 海外へでかける市民の首を締める書類。攘夷されるべき異人であることを周囲に暴露する。

PAST [過去]

n. 久遠の小断片であり、我々があやふやで後悔だらけの知識を抱えているあの部分。過去は、現在と呼ばれる動いている線で、未来と呼ばれる想像上の期間と分けへだてられている。久遠を構成するこの二大要素は、一方がもう一方を継続的に消去していくものであり、まったく似通っていない。一方は後悔と落胆で暗く閉ざされており、一方は栄華と喜びで光り輝いている。過去はすすり泣きの世界、未来は歓喜の王国だ。一方では追憶がうずくまり、粗布をまとい灰の中で悔やみながら、懺悔の祈りをつぶやく。他方では陽光を浴びる希望が、自由な翼をうち広げて飛び、成功の神殿や安楽の東屋に誘う。けれども過去は昨日の未来、未来は明日の過去。両者は同一――追認と夢想なのだ。

PASTIME [時間潰し]

n. 落胆を助長する趣向。痴愚のための穏やかな訓練。

PATIENCE [我慢]

n. 絶望の形態のことで、偽って美徳とされている。

PATRIOT [愛国者]

n. 一部の利益が全体の利益に勝ると考えている人。征服者の手先であり政治家の餌食。

PATRIOTISM [愛国心]

n. 燃えるゴミ。自分の名を燦然と輝かそうという野心家が持つ松明と解釈される。

ジョンソン博士は、かの有名な辞書において、愛国心は悪党の最後の拠り所と定義されている。この啓発的だがやや劣る辞書編纂者に与えられるべき敬意は払いつつも、わたくしめとしては「最初の拠り所」ではないかと提案する次第。

PEACE [平和]

n. 国際問題では、2つの戦争期間の間にある詐欺期間。

  O, what's the loud uproar assailing
      Mine ears without cease?
  'Tis the voice of the hopeful, all-hailing
      The horrors of peace.

  Ah, Peace Universal; they woo it --
      Would marry it, too.
  If only they knew how to do it
      'Twere easy to do.

  They're working by night and by day
      On their problem, like moles.
  Have mercy, O Heaven, I pray,
      On their meddlesome souls!

Ro Amil

PEDESTRIAN [歩行者]

n. 道路上の、自動車にとっては気まぐれ(かつ耳障り)な部分。

PEDIGREE [系図]

n. 樹上生活を営んだ浮き袋もつ祖先にはじまり、都会生活を営む煙草もつ子孫に終わるつながりのうち、知られている部分。

PENITENT [悔い改めた]

adj. 罰を受けている。または罰を待っている。

PERFECTION [極地]

n. 架空の質的状態のことで、卓越という要素をもつところが現実の質的状態とちがう。批評家のよってたつところ。

とあるイギリスの雑誌の編集者が、自分の見解とスタイルの誤謬を指摘する手紙を受け取った。その、"Perfection" というサインの下の余白に「当方は賛成しかねます」と書きこむと、それをマシュー・アーノルドに郵送した。

PERIPATETIC [逍遥派の]

adj. 歩き回っている。アリストテレスの哲学に関連する。アリストテレスは、自分の哲学を説明するさい、弟子たちの反問を避けるため歩き回っていた。要らぬ用心だ――弟子たちは問題について、かれと劣らずなにも分からなかったのだから。

PERORATION [熱弁]

n. 雄弁爆弾の炸裂。目を晦ますものだが、嗅覚に問題のある人にとっては、その調合に使われている数種類の火薬の臭いこそがもっとも際立った特徴だったりする。

PERSEVERANCE [忍耐]

n. 凡人が輝かしくない成功を収めるさいに用いるみすぼらしい美徳。

"Persevere, persevere!" cry the homilists all,
Themselves, day and night, persevering to bawl.
"Remember the fable of tortoise and hare --
The one at the goal while the other is -- where?"
Why, back there in Dreamland, renewing his lease
Of life, all his muscles preserving the peace,
The goal and the rival forgotten alike,
And the long fatigue of the needless hike.
His spirit a-squat in the grass and the dew
Of the dogless Land beyond the Stew,
He sleeps, like a saint in a holy place,
A winner of all that is good in a race.

Sukker Uffro

PESSIMISM [厭世主義]

n. 楽観主義者が実のない希望と醜い笑顔で横行するのに落ちこむ観察者の信念に押しつけられる哲学。

PHILANTHROPIST [慈善家]

n. 豊かな(そしてふつうは禿げた)老紳士で、良心がポケットをつつきだしてもにこにこしつづけるという芸を修得している。

PHILISTINE [ペリシテ人・俗物]

n. 精神が環境に従う生物であり、思考・感覚・情念が流行に沿っている人。ペリシテ人はときに博識で、しばしば成功しており、ほとんどが清潔で、必ず厳格だ。

PHILOSOPHY [哲学]

n. どこでもない場所からなにもない場所に通じる数々の道程のひとつ。

PHOENIX [フェニックス]

n. 現代における「焼き鳥」の古典的雛型。

PHONOGRAPH [蓄音機]

n. 死んでいる騒音に命を吹きこむ苛立たしい玩具。

PHOTOGRAPH [写真]

n. 芸術の嗜みに欠けた太陽によって描かれた絵。アパッチ族の絵よりは微妙にましだが、シャイアン族には到底及ばない。

PHRENOLOGY [骨相学]

n. 頭皮経由でポケットの中身をすりとる術。人が騙される所以たる器官の位置を特定し悪用することから成りたつ。

PHYSICIAN [医者]

n. 病人には希望をもって迎えられ、健康人には番犬でもって迎えられる人。

PHYSIOGNOMY [人相学]

n. 他人の特徴を、他人の顔と自分の顔との異同によって決定するという。その際、すぐれたものの基準として自分の顔が用いられる。

"There is no art," says Shakespeare, foolish man,
    "To read the mind's construction in the face."
The physiognomists his portrait scan,
    And say: "How little wisdom here we trace!
He knew his face disclosed his mind and heart,
So, in his own defence, denied our art."
「いかなる技にも値せぬ」と愚人シェイクスピアは言う
「顔かたちから心を読むなど」
人相学者はかれの肖像画を調べ
いわく「つきとめうる知恵のなんと少ないことか!
かれは知っていたのだ 己の心と頭が顔にあらわれているのを
だから自己弁護のため我らの技を否定したのだ」

Lavatar Shunk

PIANO [ピアノ]

n. 強情な客人を悔い改めさせるために客間に置かれている楽器。その鍵盤と聞き手の精神を乱打して操作する。

PICKANINNY [黒人の子ども]

n. Procyanthropos あるいは Americanus dominans の幼生。小さく、黒く、政治的不幸の咎を負っている。

PICTURE [絵画]

n. 三次元にある退屈なしろものを二次元で表現したもの。

"Behold great Daubert's picture here on view --
Taken from Life."  If that description's true,
Grant, heavenly Powers, that I be taken, too.

Jali Hane

PIE [パイ]

n. 「消化不良」という名前の切り裂き魔の先触れを務めるエージェント。

  Cold pie was highly esteemed by the remains.

Rev. Dr. Mucker
(in a funeral sermon over a British nobleman)

Cold pie is a detestable
American comestible.
That's why I'm done -- or undone --
So far from that dear London.

(from the headstone of a British nobleman in Kalamazoo)

PIETY [敬虔]

n. 至高の存在への尊敬心。それが人間に類似するものと想定した上でのことだが。

The pig is taught by sermons and epistles
To think the God of Swine has snout and bristles.

Judibras

PIG [豚]

n. その食欲のすさまじさという点で人類と近しく結託する動物(Porcus omnivorus)。とはいえ、雑食性では人類に劣る。なぜなら人類は豚も食うからだ。

PIGMY [ピグミー]

n. 非常に体の小さい部族のひとつ。古代の旅人は世界各地にこの種族を見出したものだが、近代以降は中央アフリカのみに限られるようになった。ピグミーがこう呼ばれるのは、馬鹿でかいカフカス人と区別するためだ。こちらは、ホグミーと言う。

PILGRIM [巡礼]

n. 真剣なようすのうかがえる旅人。Pilgrim Father とは、 1620年に賛美歌を鼻歌で歌うのが許されなかったためにヨーロッパを去り、マサチューセッツにたどりついた人のことである。そこでかれは、自分の良心を口述したものによれば、神の役割を演じることができたらしい。

PILLORY [さらし台]

n. 個人的名声を失墜させるための機械的装置――禁欲的美徳を持ち、なおかつ非のうちどころのない生活を送る人々によって運営される近代的新聞の前身。

PIRACY [海賊行為]

n. 馬鹿げた規制にとらわれることなく、ただ神の創りたもうたままに行う商業行為。

PITIFUL [あわれな]

adj. 対立する敵手が仮想的に自分自身と遭遇した後の状態。

PITY [あわれみ]

n. 対比によって生じる、とりのがしにくい感傷。

PLAGIARISM [剽窃]

n. 不名誉な先行と名誉ある後続をまぜあわせた、文芸的な偶然の一致。

PLAGIARIZE [剽窃する]

v. だれひとりとして読んでやるもののないもの書きの思想・文体を、他のもの書きがとる

PLAGUE [疫病]

n. 古代においては支配者への戒めとして無辜の人々に与えられた一般的な罰。免疫王ファラオが有名な例である。今日、我々が幸運にも知っている疫病は、大自然のあてもない憎悪が偶発的に発現されたものにすぎない。

PLAN [計画を練る]

v.t. 偶発的結果を達成する最善の手段について思い悩む。

PLATITUDE [陳腐]

n. 大衆文学の基本的要素であり特有の栄誉。煙たい言葉に渦巻く思念。間抜けの語録における百万の愚者の英知。人工岩中部の化石となった感傷。寓話のない道徳。死にゆく定めにある失われた真実すべて。ミルク&モータリティーのデミタッセ。羽無し孔雀の尻肉料理。思考の海から岸にうちあげられた海月。卵を産むためのみに生きる鶏の鳴き声。ひからびた警句

PLATONIC [純精神的な]

adj. ソクラテス哲学に関連する。「プラトニックラブ」とは不能と不感症との愛情にバカがつけた名前。

PLAUDITS [拍手喝采]

n. 観客をくすぐりむさぼるものが観客から受け取る小銭。

PLEASE [喜ばせる]

v. 負担という超構造物のための土台をしく。

PLEASURE [快楽]

n. 落胆のうちもっとも憎悪せずにすむ形。

PLEBEIAN [平民]

n. 手だけしか血に染めなかった古代ローマ人。貴族という、全身血まみれだった人とは区別される。

PLEBISCITE [国民投票]

n. 元首の意思を固めさせる一般投票。

PLENIPOTENTIARY [全権を有する]

adj. 全部の力を持っている。Minister Plenipotentiary [全権大使] 行使しないという条件付で絶対権力を保有する外交官のこと。

PLEONASM [冗長]

n. 思想の伍長を護衛する言葉の大軍。

PLOW [鋤]

n. ペンになれた手を大声で呼びたてる道具。

PLUNDER [略奪する]

v. 他人の財産を、盗みの上品な慣習である沈黙を守らずにとる。ブラスバンドを遠慮なく従えて所有権の変更をなしとげる。Aの富をBからもぎとりCにチャンスの消失を嘆かせる。

POCKET [ポケット]

n. 動機の揺り篭にして良心の墓場。女性にはこの器官が欠落している。だからその良心は、埋葬されることを拒否し、いつまでも生き残り、他人の罪を告白しつづける。

POETRY [詩]

n. 「雑誌」とははるかにへだてられた「大地」にある独特な表現形式。

POKER [ポーカー]

n. なんらかの目的のためにカードを用いて行われる一種のゲームということですが、辞書編纂者たるわたくしめはその目的とやらを存じておりません。

POLICE [警察]

n. 介護と介入のための武装勢力

POLITENESS [ていねい]

n. いちばん好感度の高い偽善。

POLITICS [政治]

n. 主義主張の争いとみせかけつつ利権を争うこと。個人的利益のために公を動かすこと。

POLITICIAN [政治屋]

n. 組織化社会という超構造物がそびえたつ土壌に住むウナギ。我々が動き回ると、尻尾に伝わってくる揺れを組織の揺らぎとかんちがいする。政治家 (statesman) と比較すると、政治屋にはいまなお生きているという短所がある。

POLYGAMY [多婚制]

n. 贖罪の館。あるいは償いの教会。そこには何脚かの懺悔の椅子がならんでいる。一夫一婦制の場合は、それが一脚のみになる。

POPULIST [人民党員]

n. 初期の農本時代に見られた化石的愛国者。カンザス地下の赤い石鹸の中に発見される。特徴としてはその異常に広い耳があげられる。この耳について、博物学者たちは空を飛ぶ力を与えるものだと主張したが、モース教授とフィテニー教授は、まったく違う線を辿って、もしかれらに空を飛ぶ力があったとしたら、どこかちがうところに行ってしまったはずだという天才的な指摘を行った。かれらの時代の人目を引く演説のごく断片がいまの世にも伝え残されているが、その中でかれらは「カンザスにまつわる問題」と呼ばれている。

PORTABLE [携帯性のある]

adj. 財政状況の浮き沈み次第で所有権が変わりやすい。

His light estate, if neither he did make it
Nor yet its former guardian forsake it,
Is portable improperly, I take it.

Worgum Slupsky

PORTUGUESE [ポルトガル人]

n.pl. ポルトガル原産の鵞鳥(goose)の一種。羽はなく、たとえガーリック詰にしたところでまったく食用に値しない。

POSITIVE [プラス思考の]

adj. 声高にかんちがいした。

POSITIVISM [実証主義]

n. 我々がリアルといっているものはぜんぜんリアルじゃないし、明らかだといっているものについてもぜんぜん分かってやしない、と主張する哲学。これを、いちばんだらだらと論じたのはコント。いちばんいいかげんに論じたのはミル。いちばんもっさりと論じたのがスペンサー

POSTERITY [後代]

n. 大衆作家の同時代人の裁決を逆転させ、その作家に対抗した無名作家という控訴人を支持する控訴裁判所。

POTABLE [飲用に適した]

n. 飲むにふさわしい。水は飲用に適していると言われる。事実、中にはそれこそが我々の自然な飲料なのだと断じてやまないものもいる。もっともかれらでさえ、渇きとして知られる再発性失調に苦しめられないかぎり、それを美味だとは感じないのだけれども。この病気に対して、水は薬となる。人類史上、といってももっとも未開な状態にある時代は除くが、水の代替品の考案に注がれつづけている情熱ほど激しくまた偉大なものはない。問題の液体に対する一般的嫌悪感が、種族の残留本能に基づいていないという主張は非科学的といえる――そして、科学なしでは我々も蛇や蛙となんら変わりない。

POVERTY [貧困]

n. 改革というドブネズミの牙専用のやすり。貧困を駆逐すべく立てられた計画の数は、これに苦しむ改革者の数プラスこれについて何もご存知ない哲学者の数となっている。貧困の被害者たちは、あらゆる美徳を保有していること、貧困などというものが知られもしていない場所と信じられている繁栄へとかれらを導く指導者たちを信頼していることを特徴とする。

PRAY [祈る]

v. はっきり言えば取るに足りないたったひとりの請願者の利益のために万物の掟を捻じ曲げるように求める。

PRE-ADAMITE [アダム以前]

n. 創世に先だってつくられ、容易には想像しがたい環境に生きた、どうやら不満足に終わったらしい実験種族。メルシウスはかれらのことを、「ヴォイド」に住んでいた、魚と鳥の中間にあたるものと信じている。その実体はほとんど知られていないが、一部、カインと妻ひとり、神学者と論争の種ひとつがそこから送り出されてきたことだけは知られている。

PRECEDENT [先例]

n. 法律では、以前あった判決や経緯のこと。これはあらゆると権威とを備えているのだが、明文化されていないため、裁判官に取捨選択が委ねられている。その結果、裁判官の、自分の気に入ることをやるという仕事は非常に簡単になった。あらゆるものごとには先例があるため、裁判官はただ、自分の利益に反する先例を無視し、自分の望みにかなう先例を強調すればよい。先例をかんがみるようになってからというもの、法の下の裁きは、運次第の神明裁判から操作可能な裁決という高貴な態度にまで高められたのだ。

PRECIPITATE [まっしぐらの]

adj. 食前の。

Precipitate in all, this sinner
Took action first, and then his dinner.

Judibras

PREDESTINATION [予定運命説]

n. あらゆる物事はプログラム通りに起きるという原理。この原理を宿命と混同すべきではない。こちらは、あらゆる物事はプログラムどおりに起きるが、それが起きるかどうかは定かではなく、それはこの原理に必然的に伴う別の原理からほのめかされるにすぎない。いま述べた違いは、キリスト教国にインクの洪水を起こさせるに十分すぎるほどのものであり、ましてや流血については言うに及ばない。この両原理の違いを念頭におき、なおかつ両者を深く信じてやれば、救われた場合に地獄行きを免れうるという希望を持てないこともないであろう。

PREDICAMENT [苦境]

n. 志を貫いたその報い。

PREDILECTION [ひいき]

n. 幻滅の前段階。

PRE-EXISTENCE [存在以前]

n. 創世記の謎に包まれた部分。

PREFERENCE [嗜好]

n. 感傷、というか、気分。あるものが他のものと比べてよいと誤信することから生じる。

とある古代の哲学者が、生には死にまさる価値などないと説いたところ、弟子のひとりから、ではなぜあなたは死なないのか、と訊ねられた。

「なぜならば」と哲学者は答えた。「死には生にまさる価値などないからだ」

死には生にまさる長さがあるけれど。

PREHISTORIC [有史以前の]

adj. いにしえと博物館とに属する。永続的欺瞞の技巧と慣習を先取りした。

He lived in a period prehistoric,
When all was absurd and phantasmagoric.
Born later, when Clio, celestial recorded,
Set down great events in succession and order,
He surely had seen nothing droll or fortuitous
In anything here but the lies that she threw at us.

Orpheus Bowen

PREJUDICE [偏見]

n. 明白な支えがない不安定な意見。

PRELATE [高位聖職者]

n. 高い神聖度と体脂肪率を誇る教会の役員。天国における貴族のひとり。神の紳士。

PREROGATIVE [特権]

n. 君主が悪事をする権利。

PRESBYTERIAN [長老派]

n. 教会の権威者は長老と呼ぶべきだという確信を抱く人。

PRESCRIPTION [処方箋]

n.患者にとって苦痛がもっとも少ない形で症状をもっとも長引かせるのはなにかという、医者のあてずっぽう。

PRESENT [現在]

n. 落胆の地と希望の国の境目をなす、久遠のあの部分。

PRESENTABLE [折り目正しい]

adj. 時と場合のマナーにちなんで恐ろしいほど着飾った。

ブーリオブーラ=ガでは、折り目正しい男性は、式典の際、腹部に彩やかに青くペイントし、牛のを身につける。ニューヨークでは、もし本人の希望とあればペイントは省いてもよいが、陽が没すると、羊毛製の黒染めにした燕の尾を2本生やさなければならない。

PRESIDE [(議長・演奏者を)務める]

v. 会議を望ましい結果に導く。ジャーナリズムでは、楽器を演奏する。例: "He presided at the piccolo."

The Headliner, holding the copy in hand,
    Read with a solemn face:
"The music was very uncommonly grand --
        The best that was every provided,
        For our townsman Brown presided
    At the organ with skill and grace."
The Headliner discontinued to read,
    And, spread the paper down
On the desk, he dashed in at the top of the screed:
    "Great playing by President Brown."
原稿を片手にヘッドライナー
  厳粛な顔つきで読む:
    「その音楽はきわめて雄大――
        とりわけぬきんでていたものは
        我が町出身のブラウンがプレサイドした
    オルガンこそは巧みであり優美」
そこで原稿を机に放りだしヘッドライナー
  その長文のいちばん上に走り書き
「プレジデント・ブラウンの華麗なる演奏」

Orpheus Bowen

PRESIDENCY [大統領職]

n. アメリカ政治という狩猟場にいる脂ギッシュな豚。

PRESIDENT [大統領]

n. 小集団を率いる人物。この集団の人々のなかに――そしてそういう集団の人々にかぎって――大統領にしたくなるような人物がひとりもいないのは、おびただしい数の国民に共通する常識。

If that's an honor surely 'tis a greater
To have been a simple and undamned spectator.
Behold in me a man of mark and note
Whom no elector e'er denied a vote! --
An undiscredited, unhooted gent
Who might, for all we know, be President
By acclimation.Cheer, ye varlets, cheer --
I'm passing with a wide and open ear!

Jonathan Fomry

PREVARICATOR [弁明者]

n. うそつきの幼虫。

PRICE [価格]

n. 価値+要求によって生じる良心の損耗に見合う金額。

PRIMATE [大主教]

n. 教会の長。合衆国にかぎっていえば、嫌々ながらの寄付金で支えられている教会の長。Prime of England はカンタベリー大主教のことだが、こちらは人当たりのいい老紳士であり、在命中はランベス宮殿で、死亡後はウェストミンスター寺院で過ごす。かれは通例、死んでいる。

PRISON [監獄]

n. 罰と報いの場所。かの詩人によれば――

"Stone walls do not a prison make,"
「石壁とて監獄を作るにあたわず」

ということだが、石壁に政治的寄生虫に道徳教師を組み合わせれば安らぎのかけらもない場所を作ることができるのだ。

PRIVATE [軍属]

n. リュックサックに元帥杖を、先見性に傷害を抱えた軍の紳士。

PROBOSCIS []

n. 象が、いまだ「進化」から許可のおりないナイフとフォークのかわりに用いる未発達の器官。ユーモア目的で広くトランクと呼ばれる。

あの象が旅行に行こうとしているなんてどうして知ったのかと問われた著名なる Jo. ミラー、質問者に叱るような眼差しを投げつけ、形ばかりに「トランクが半開きだからな」と答えると、高い岬から海へと身を投げてしまった。こうしてプライドを傷つけられた古代のユーモア人は、人類に悲痛の種を遺して逝ってしまった! かれの後をうまく継げそうなものはいまだ現れていない。『レディース・ホーム・ジャーナル』のエドワード・ボク氏は、その個性の純粋さと優しさゆえにたいそう敬意を払われてはいるが。

PROJECTILE [発射物]

n. 国際的論争の究極的裁断者。昔は、こうした論争を解決するのは論客たちの物理的接触だった。もちろんその接触は各時代にみあった未発達の論理をよりどころとしていた――剣、槍、などなど。軍事的知恵がつくにつれ、発射物はどんどん人気をあつめ、いまやもっとも勇敢な人物により高く評価されるに至っている。ただ、発射地点に個人的な付き添いをつける必要があるのは致命的な欠点だが。

PROOF [決定的証拠]

n. 「どうにも……のような気がする」よりも微妙に「たぶん……ではなかろうか」と思わせる証拠。一人の信頼できる目撃者の証言と食い違う二人の信頼できる目撃者の証言。

PROOF-READER [校正者]

n. 植字工の好きにやらせることであなたの書き物を意味不明なものにしたという罪をつぐなうために、あなたの書き物を理解不能なものにする悪人。

PROPERTY [財産]

n. Bの貪欲に対抗してAに保持が許される、とりたてて価値のない、物質的なもの。ひとりの所有欲を満足させると同時にそれ以外のひとすべてに落胆を与えるものならなんでも。短期集中的強奪と長期的忘却の対象。

PROPHECY [予言]

n. 未来のことを述べるために信用を切り売りするという芸術・稼業。

PROSPECT [見とおし]

n. 見解のことで、通常は一定の言動を封じる。期待のことで、通常はやがて封じられる。

Blow, blow, ye spicy breezes --
    O'er Ceylon blow your breath,
Where every prospect pleases,
    Save only that of death.

Bishop Sheber

PROVIDENTIAL [神慮による]

adj. 引き合いに出す人にとって思いがけない大利益のある。

PRUDE [かまとと]

n. 表情・振舞の裏に隠された売春婦。

PUBLISH [出版]

n. 文芸に関することで、批評家が建てる円錐の土台になること。

PUSH [押し]

n. まず成功に欠かせないといってもよいふたつの要素のうちひとつ。とくに政界では。もうひとつは、「引き」である。

PYRRHONISM [ピュロン主義]

n. 創始者の名前をつけられた古代の哲学。ピュロン主義以外のあらゆるものに絶対的な懐疑を向けるという主義。最近の研究者は、ピュロン主義そのものも信じなくなっている。


原題
The Devil's Dictionary [1910]
邦題
悪魔の辞典, 悪魔辞典
翻訳者
枯葉
ライセンス
クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンス
公開日
2001年7月13日
最終修正日
2012年10月15日
URL
Egoistic Romanticist: http://www1.bbiq.jp/kareha/
特記事項
プロジェクト杉田玄白正式参加テキスト。