悪魔の辞典

原題
The Devil's Dictionary
作者
アンブローズ・ビアス
作者(英語表記)
Ambrose Bierce
翻訳者
枯葉

L

LABOR [労働]

n. AがBの代わりに収入を得るための一過程。

LAND [土地]

n. 地球の表面のことで、固有財産とみなされている。土地が固有財産であるという理論は、個人の所有権と支配権が近代社会の基礎であり、またそれが社会の上部構造に著しい価値があることからきている。その論理的結論から述べると、一部の人間には他人がそこで生活することを妨害する権利があるということだ。というのも、所有する権利というものは排他的に領有する権利を暗に意味するからであり、事実、不法侵入関係の法律は土地の所有が認められているところならどこででも制定されている。したがって、もし乾いた大地のすべてをA、B、およびCが所有したとすれば、D、E、F、Gには生まれてくる場所がないということであり、あるいは不法侵入者として生まれてきたとしても居場所がないということなのだ。

A life on the ocean wave,
  A home on the rolling deep,
For the spark the nature gave
  I have there the right to keep.

They give me the cat-o'-nine
  Whenever I go ashore.
Then ho! for the flashing brine --
  I'm a natural commodore!
Dodle
LANGUAGE [言語]

n. 他人の財産を守る蛇を魅了するのに用いられる音楽。

LAOCOÖN [ラオコーン]

n. 同名の祭司とその2人の息子が2匹の蛇に取り巻かれているところを描いた、有名な古代彫刻image。老人と若者の、蛇を支えて仕事をさせつづけているという技量と勤勉さは、公正にも、人間の知性が持つ支配力が畜生の惰性を上回るところをもっとも気高く芸術的に図解してみせたもののひとつとみなされている。

LAP [ひざ]

n. 女性の体にそなわったもっとも重要な器官のうちひとつ――幼児に安らぎを与えるために大自然がもたらした賞賛に値する設備だが、主として田舎祭りの際に、コールドチキンの皿を支えたり、成人男性の頭を支えたりするのに役立つ。我々の種におけるオスのひざは貧弱で、未発達のままであり、種のおおきな利益に貢献できそうなところはなにひとつない。

LAST [靴型]

n. 靴屋の道具。語呂あわせの機会としての眉をひそめる神慮が名づけたもの。(降参。The cobbler stick to the last.「専門外のことには口出しするな」に関係がありそうだけれども?)

Ah, punster, would my lot were cast,
  Where the cobbler is unknown,
So that I might forget his last
  And hear your own.
Gargo Repsky
LAUGHTER [笑い]

n. 内からわきあがる発作のことで、顔立ちがゆがめられるのにともない、意味をなさない騒音がとどろく。伝染性を持ち、思い出したようにぶりかえす、不治の病である。笑いの発作の起こしやすさは、人間と動物を区別する特徴のひとつ――動物は、サンプルの煽動から無縁であるばかりでなく、この病の伝染においてそもそもの決定権をもつあの細菌に対して動じることもない。では笑いを、人間の患者から注射によって動物にうつすことはできるのであろうか。この問題はいまだ解決されていない。メイヤー・ウィッチェル博士は笑いの伝染性を、飛散したつば(sputa)の瞬間的な醗酵のためとしている。この特徴から、博士はこの病気を Convulsio spargens と名づけた。

LAUREATE [桂冠を授与された]

adj. 月桂樹の冠を戴いた。イギリスでは、桂冠詩人(Poet Laureate)は宮廷の役人であり、宴の際には踊りまわる骸骨のようにふるまい、王室の葬儀の際は口ずさむ唖として活躍した。この高職の在任者のひとりロバート・サウジー*は、人気者サムソンを引きずりだし、そしてその髪を迅速に切り払うのに著しい才能を持っていた。そして芸術的な色彩感覚の持ち主でもあり、大衆の嘆きを真っ黒に染め、国家的な罪の様相を与えることすらできたのだった。

*Robert Southey [1774-1843] 桂冠詩人。でも何をネタにしているのかは知りません。

LAUREL [月桂樹]

n. laurus。アポロに捧げられた植物で、かつてはその葉をむしりとってリースにし、勝利者や宮廷に勢力を持っていた詩人の額を飾った。(上を見よ。

LAW [法]

n.

Once Law was sitting on the bench,
  And Mercy knelt a-weeping.
"Clear out!" he cried, "disordered wench!
  Nor come before me creeping.
Upon your knees if you appear,
'Tis plain your have no standing here."

Then Justice came. His Honor cried:
  "Your status? -- devil seize you!"
"Amica curiae," she replied --
  "Friend of the court, so please you."
"Begone!" he shouted -- "there's the door --
I never saw your face before!"
G.J.
LAWFUL [合法な]

adj. 司法権を持つ判事の意思に適合する。

LAWYER [法律家]

n. 法をかいくぐるのに熟達した人物。

LAZINESS [怠惰]

n. 地位の低い人物に見られる不当にくつろいだ態度。

LEAD [鉛・主導者]

n. 青みがかった灰色の金属で、尻の軽い恋人の重しとしてたいへんよく使われる――とくに、賢く恋をすることができず、他人の妻ばかりをしてしまうひとに。lead はまた、議論の明後日の方向さを計ったうえで、同じくらいの重さがある議論と釣り合わせるためにも使われる。国際論争化学における興味深い事実として、2つの愛国主義 lead を混ぜ合わせるとすさまじい量の沈殿物を生じる。

Hail, holy Lead! -- of human feuds the great
  And universal arbiter; endowed
  With penetration to pierce any cloud
Fogging the field of controversial hate,
And with a sift, inevitable, straight,
  Searching precision find the unavowed
  But vital point. Thy judgment, when allowed
By the chirurgeon, settles the debate.
O useful metal! -- were it not for thee
  We'd grapple one another's ears alway:
But when we hear thee buzzing like a bee
  We, like old Muhlenberg, "care not to stay."
And when the quick have run away like pellets
Jack Satan smelts the dead to make new bullets.
LEARNING [学識]

n. その生真面目さで見分けがつく無知の一種。

LECTURER [講師]

n. 手をあなたのポケットに、舌をあなたの耳に、信念をあなたの堪忍袋に押しこむひと。

LEGACY [遺産]

n. この悲しみの憂世を歩み去る者からの贈り物。

LEONINE [ライオンのような]

adj. 動物園のライオンのようでない。レオ詩体(leonice verse)とは、行の終わりと行の中間の単語で韻を踏んだものをいう。たとえば、ベラ・ピーラー・シルコックス*1有名な一節のように:

The electric light invades the dunnest deep of Hades.
Cries Pluto, 'twixt his snores:"O tempora! O mores!"

 まあ、シルコックス夫人はギリシャ語とラテン語の発音*2を教えようとしているわけではないのだ、と言い訳させてやるとしよう。レオ詩体と呼ばれるのは、レオという名前の詩人を称えてのことであり、どうやら詩体学者たちは、二行で韻を踏むところを一行ですませられるということを最初に発見した人物だと称賛しているらしい。

*1Ella Wheeler Wilcox [1850-1919] を暗に指していると思われる。はっきり言ってぜんぜん知らないんだけど、いちおう実在の人物の模様。「サンドイッチの歌」など。

*2Hades=ハーディース(ギリシャ語)なのでインヴェイズとは韻を踏めない。mores=モーレース(ラテン語)についてもスノアーズと韻を踏むのは無理。

LETTUCE [レタス]

n. Lactuca 科の植物の一種。「ここをもって」と、あの敬虔な美食家ヘンギスト・ペリーは言った。「神は善人に褒美を、悪人に罰をお与えになった。なぜならば神の内なる光によって、有徳の士はレタスのために相性のよいドレッシングを作るには、多数の調味料を共謀させなければならないこと、しかもおびただしい量のオイルで和解させなければならないこと、料理全体が信心深い心を喜ばせ、その顔を輝かせることを知っているからだ。だが霊的に価値のない人間は、悪魔の誘惑にあっさりと屈し、オイル、マスタード、エッグ、塩、ガーリックを用いずに、砂糖で汚した卑しいビネガー浸しにしてレタスを食らうのである。だからこそ霊的に価値のない人間は、腸内で奇妙に複雑な発作を起こし、あの歌を歌いだすのだ」

LEVIATHAN [リヴァイアサン]

n. ヨブ記に見られる馬鹿でかい水棲動物。鯨であろうと推測する向きもあるが、スタンフォード大学の著名な魚類学者ジョーダン博士は、かなりの熱心さで、一種の巨大 Tadpole (Thaddeus Polandensis)か、巨大 Polliwig (Maria pseudo-hirsuta)なのだと主張している。網羅的解説やオタマジャクシ史については、ジェイン・ポッター (Thaddeus of Warsaw) の有名な研究論文を参考にせよ。(tadpole, polliwig; ともに「オタマジャクシ」。両者の違いについてオレはなんら知るところがありません。)

LEXICOGRAPHER [辞書編纂者]

n. 言語の発達におけるある特定の段階を記録することを建前とし、可能なかぎりその成長を止め、その柔軟性を失わせ、その用法を機械化する有害な輩。辞書編集者というものは、自分用の辞書を書き上げることによって「権威者」とみなされるようになるのだが、しかしながら彼の役割はただ記録をつくることであるにすぎず、法を定めることではない。人間の理解力が持つ本能的な従属性は、彼の者に司法的な権力を貯えさせ、判断する権利を明渡し、一記録に屈服するのである。まるでそれが彫像のように中立無私だと言わんばかりに。たとえば辞書が、ある優れた言葉に「語」とか「準廃語」などと註釈しているとする。それ以後、どんなにその単語が必要であっても、どんなにその単語の復活が望ましくても、ほとんどの人は使おうとしなくなる――それによって、改善主義者の暗躍は加速され、口語は崩れていくのだ。逆に、とにかく言語が発展するものであるのならば新機軸によって発展させなければならないという真理を悟って、新語を作り出したり、古語をなじみのない意味で用いたりしても、理解してもらえないし、「そんなの辞書にない」と思い知らされるのだ――時を最初の辞書が編纂される(神よ、かの編纂者にお赦しを!)前にさかのぼれば、辞書にある言葉を使っていた著者など一人もいないのに。英口語の全盛期・黄金時代――偉大なるエリザベス期の人々の唇からこぼれでた言葉が、独自の意味を持ち、その発音そのものが意味を伝えた時代、シェイクスピアやベーコンが登場し、今や猛スピードで滅びゆく一方、低スピードで刷新されてゆく言語が、すくすくと育ち、しっかりと守られていた時代――蜂蜜より甘美で、ライオンより強靭だった時代、辞書編纂者という人物は知られざる存在であり、辞書は、造物主がそうと意図せずに創造した編纂者によって創造された創作物だったのだ。

God said:"Let Spirit perish into Form,"
And lexicographers arose, a swarm!
Thought fled and left her clothing, which they took,
And catalogued each garment in a book.
Now, from her leafy covert when she cries:
"Give me my clothes and I'll return," they rise
And scan the list, and say without compassion:
"Excuse us -- they are mostly out of fashion."
神のたまうに「心を形に堕さしめよ」
辞書編纂者ら決起(た)つ、群れなして!
想いは逃げ去り後には装束
拾(と)って者ども本に収録
やがて物陰(かげ)から想いが叫ぶ
「服を返して、帰れない!」
調べ(ひい)て者ども慈悲なく告げるに
「すまんがそりゃもう時代遅れだ」
Sigismund Smith
LIAR [嘘つき]

n. 手数料が定額でない弁護士

LIBERTY [自由]

n. 想像力の、もっとも貴重な物産のうちひとつ。

The rising People, hot and out of breath,
Roared around the palace:"Liberty or death!"
"If death will do," the King said, "let me reign;
You'll have, I'm sure, no reason to complain."
Martha Braymance
LICKSPITTLE [おべっか使い]

n. 新聞の編集中にまずまずよく見られる有用な職員。彼の編集者としての特徴は、ときおり正体が捕らえられるという点で、強請屋と密接に結びつけられている。というのも、真実、おべっか使いは別の面から見れば強請屋そのものだからだ。強請屋もまた独立した種としてよく見られるけれども。おべっか使いは強請屋よりも憎悪すべき存在であり、まったくのところ、詐欺師の仕事が追いはぎの仕事よりも憎悪すべきものであるのと同様。そして、類似点はもっともっとある。詐取する強盗はめったにいないが、こそこそやるやつは勇気があれば略奪するであろうから。

LIFE [生命]

n. 肉体が腐敗するのを防いでいる霊的なピクルス液。我々は、これを失うことを恐れつつ毎日を送っている。とはいえ、失ったときには寂しがらないが。「人生は生きるに値するか?」という疑問は大々的に論じられてきた。特に、ノーと考える者どもによって。彼らの多くは、自らの見解を支えるために長大な文章を書きつづり、また健康管理に細心の注意を払うことで、みごとな議論だという称賛をすえながく楽しんでいる。

"Life's not worth living, and that's the truth,"
Carelessly caroled the golden youth.
In manhood still he maintained that view
And held it more strongly the older he grew.
When kicked by a jackass at eighty-three,
"Go fetch me a surgeon at once!" cried he.
Han Soper
LIGHTHOUSE [灯台]

n. 政府がランプと政治屋の友だちを養う背の高い建物。

LIMB [手足・大枝]

n. 木の枝。あるいはアメリカ人女性の足。

'Twas a pair of boots that the lady bought,
  And the salesman laced them tight
  To a very remarkable height --
Higher, indeed, than I think he ought --
  Higher than can be right.
For the Bible declares -- but never mind:
  It is hardly fit
To censure freely and fault to find
With others for sins that I'm not inclined
  Myself to commit.
Each has his weakness, and though my own
  Is freedom from every sin,
  It still were unfair to pitch in,
Discharging the first censorious stone.
Besides, the truth compels me to say,
The boots in question were _made_ that way.
As he drew the lace she made a grimace,
  And blushingly said to him:
"This boot, I'm sure, is too high to endure,
It hurts my -- hurts my -- limb."
The salesman smiled in a manner mild,
Like an artless, undesigning child;
Then, checking himself, to his face he gave
A look as sorrowful as the grave,
  Though he didn't care two figs
For her paints and throes,
As he stroked her toes,
Remarking with speech and manner just
Befitting his calling: "Madam, I trust
  That it doesn't hurt your twigs."
B. Percival Dike
LINEN [リネン]

n. 「繊維の一種で、から作られたとなれば、大量のを浪費することになるものの原料」 ―― 絞首刑執行人カルクラフト

LITIGANT [訴訟当事者]

n. 骨を残したがるあまり、皮膚を諦めつつあるひと。

LITIGATION [訴訟]

n. 人が豚として中に入り、ソーセージとして出てくる機械。

LIVER [肝臓]

n. 大きな赤い器官で、自然が思慮深くも付き合いにくいものとして授けてくれたもの。すべての文学的解剖学者が今は心臓にあるものとして知っている感情は、昔は肝臓に内在するものだと信じられていた。あのギャスコイン*でさえ、人間性の感情面を「我らが肝臓的部分」と呼んでいる。またある時代では、生命の座とみなされていた。だからこそその名前が――liver つまり live + er とされたのだ。肝臓は鵞鳥に与えられた最上の天の恵みである。これがなければ、我々にフォアグラパイを提供することはできないのだから。

*George Gascoigne [1525?-1577] イギリスの詩人、劇作家。

LL.D. [= legum doctor, 法学博士]

Legumptionorum Doctor (「狡猾に法を知る博士」ともじっている)の学位を表し、法律にめざましい才能を天与され、法学を修めたひとに与えられる。かつては ££.d とされ、また財力の点で著しい紳士にのみ授与されていたことから、その起源には若干の疑惑が向けられている。これを書いている時点では、コロンビア大学は聖職者用の代替的な学位をどうするか、その便法に思いあぐねているようだ。昔の D.D. ――つまり、Damnator Diaboli (悪魔に呪われた者、ほんとうは Divinitatis Doctor)の代わりを。新しい栄誉は、Sanctorum Custus (聖なる守り手)として知られるであろう。略して $$.¢。ジョン・サタン師の名が、とある誠実な愛好者から、もっとも授与に相応しい人物として挙げられている。なおこの愛好者は、ハリー・サーストン・ペック教授は学位がもたらす利益を長いこと享受してきていると指摘している。

LOCK-AND-KEY [錠と鍵]

n. 文明化・啓蒙化の大きな特徴であるデバイス。

LODGER [下宿人]

n. 新聞的三位一体の第二者のやや人気のない呼び方。この三位一体は、「部屋借り」「素泊まり」「食事のみ」からなる。(自信はないのですけれども、Roomer→Rumor「噂」/Bedder→Bidder「企てる者」/Mealer→Meaner「より卑俗な」と解くんではなかろうか。)

LOGIC [論理]

n. 思索と類推ので、人間の誤解能力という限界と無能にきっちりと一致している。論理の基本は三段論法で、大前提・小前提・結論からなる――こういうふうに:

  1. 大前提:ある仕事を、男60人は男1人よりも60倍はやくやる。
  2. 小前提:男1人は杭の穴1つを60秒かけてほる。ゆえに――
  3. 結論:男60人は杭の穴1つを1秒でほる。

これは、論理学と数学を組み合せることによって、得られる確信と祝福を2倍にしようとする、算数的三段論法と呼べばよかろうか。

LOGOMACHY [舌戦]

n. 争いごと。武器は言葉、負傷は自尊心の浮き袋に空く穴―― 一種のコンテストだが、敗者が敗北に気づかないため、勝者に優勝商品が与えられることはない。

'Tis said by divers of the scholar-men
That poor Salmasius died of Milton's pen.
Alas! we cannot know if this is true,
For reading Milton's wit we perish too.
LONGANIMITY [我慢強さ]

n. 復讐のプランを温めている間、柔和な自制の念をもって侮辱に耐える素質。

LONGEVITY [長寿]

n. まれに見られる、死の恐怖の延長。

LOOKING-GLASS [鏡]

n. ガラス質の平面体。人間に幻滅を感じるまでの束の間のショーを楽しませてくれる。

満州王は魔法の鏡を持っていた。その鏡をのぞきこんだものは、自分自身の鏡像ではなくて、王の姿だけを見るのであった。とある王の寵臣で、あつく遇せられていたがために王国のほかの誰よりも金持ちになっていた廷臣が王に向かって言った。

「陛下、あのすばらしい鏡を、どうか私にくださいませ。さすれば、陛下ご不在の折、その威厳あるお姿に浴することができずとも、私は鏡に映る陛下に忠誠をお誓い申し上げることができましょう。朝も昼もこの身を這いつくばらせ、これ以上ない神聖なる威厳に向かって。おお、宇宙の真昼の太陽よ!」

この演説に喜んだ王、例の鏡をこの廷臣の館へと運ぶように命じた。だか後になって、抜き打ちでこの館を訪ねてみると、がらくたばかりが積まれた部屋の中にこの鏡が放り込まれているのを発見してしまった。しかも、鏡は積もったほこりで曇っており、くもの巣が表面を覆っていた。怒った王は、拳を握り締めると鏡を叩き割り、重傷を負った。この不運になお王は怒り狂い、あの恩知らずの廷臣を牢屋にぶち込み、鏡を持ちかえって修復せよと命じた。実行された。だが王がふたたび鏡をのぞきこんだとき、以前は自分の鏡像が映っていたのに、いまはただ王冠を戴いたロバが映っているだけで、しかも後ろ足の蹄のひとつには血まみれの包帯が巻かれていた――鏡の作成者は言うに及ばず、のぞきこんだ者もみな知っていたのだが、怖くて報告できなかったのだ。英知と慈悲を学んだ王は、かの廷臣の自由を回復してやり、鏡を玉座の背もたれに備えつけ、何年も公正で謙虚な治世を行った。やがて玉座に座ったまま死の眠りについたその日、宮廷の人々は鏡の中に光り輝く天使の姿を見た。そして、その姿は今日も残っている。

LOQUACITY [おしゃべり]

n. 一種の失調で、これに冒された病人はあなたがしゃべりたいときに舌を抑制することができなくなる。

LORD [主・卿]

n. アメリカ社会では、行商人を超えた身分にあるイギリスからの観光客のこと。たとえば、ロード・アバーダッシャーとか、ロード・ハーティサンなど。それ以下の場合、「サー」をつける。サー・アリー・ドンキボイとか、アムステッド・イースとか。また、至高の存在の称号として「ロード」を用いることもあるが、これはどらかというとお世辞であり、真実の崇拝とは言えないことが多い。('Aberdasher; haberdasher「小間物商人」、'Arry Donkiboi; Harry Donky Boy「うっとおしいのろまなこぞう」、'Amstead 'Eath; Ham Stead Heathen 「大根役者・代理人・異教徒」のもじりか?)

Miss Sallie Ann Splurge, of her own accord,
Wedded a wandering English lord --
Wedded and took him to dwell with her "paw,"
A parent who throve by the practice of Draw.
Lord Cadde I don't hesitate to declare
Unworthy the father-in-legal care
Of that elderly sport, notwithstanding the truth
That Cadde had renounced all the follies of youth;
For, sad to relate, he'd arrived at the stage
Of existence that's marked by the vices of age.
Among them, cupidity caused him to urge
Repeated demands on the pocket of Splurge,
Till, wrecked in his fortune, that gentleman saw
Inadequate aid in the practice of Draw,
And took, as a means of augmenting his pelf,
To the business of being a lord himself.
His neat-fitting garments he wilfully shed
And sacked himself strangely in checks instead;
Denuded his chin, but retained at each ear
A whisker that looked like a blasted career.
He painted his neck an incarnadine hue
Each morning and varnished it all that he knew.
The moony monocular set in his eye
Appeared to be scanning the Sweet Bye-and-Bye.
His head was enroofed with a billycock hat,
And his low-necked shoes were aduncous and flat.
In speech he eschewed his American ways,
Denying his nose to the use of his A's
And dulling their edge till the delicate sense
Of a babe at their temper could take no offence.
His H's -- 'twas most inexpressibly sweet,
The patter they made as they fell at his feet!
Re-outfitted thus, Mr. Splurge without fear
Began as Lord Splurge his recouping career.
Alas, the Divinity shaping his end
Entertained other views and decided to send
His lordship in horror, despair and dismay
From the land of the nobleman's natural prey.
For, smit with his Old World ways, Lady Cadde
Fell -- suffering Caesar! -- in love with her dad!
G.J.
LORE [伝承]

n. 知識――特に、通常の教育過程では得られない、オカルト系の本を読んだり、あるいは自然と覚えてしまったりする種類の。後者はフォークロアと呼ばれるのが一般的で、通俗的な神話や迷信を包摂している。ベアリンググールド*1の「中世の奇妙な神話」では、読者はこれらの跡をたどるにつれ、さまざまな民族の系統をつたって、等しく遠い古代へと収束していくのを見ることだろう。これらの寓話*2には「巨人殺しテディ*3」「眠れるジョン・シャープ・ウィリアムス*4」「赤頭巾ちゃんと砂糖トラスト」「美女とブリズベイン*5」「エペソの7人の市議会議員たち」「リップ・ヴァン・フェアバンクス*6」などがある。ゲーテが「妖精の王」のタイトルのもとに気取って述べあげたあの寓話も、二千年前のギリシャでは「庶民と幼児の産業」という名前で知られていた。これらの神話から、もっとも一般的でもっとも古いものをひとつ挙げれば、「アリババと40人のロックフェラーたち」*7というアラビアの物語がある。

*1Sabine Baring-Gould [1834-1924] 牧師、著述家。その著作は神学、民俗学、歴史学など多岐に渡る。

*2元ネタは、順に「巨人殺しジャック」「眠れる森の美女」「赤頭巾ちゃんと狼」「美女と野獣」「エペソの7人の眠れる人」「リップ・ヴァン・ウィンクル」。

*3Theodore Roosvelt [1858-1919] 合衆国第26代大統領。

*4John Sharp Williams [1854-1932] 詳しくは知らない。

*5Arthur Brisbane [1864-1936] イエロージャーナリスト。

*6Charles Warren Fairbanks [1852-1918] T. ルーズベルトの副大統領。どうやらルーズベルトと仲が悪くて無視されつづけた経歴があるらしいけれど、ビアスの狙いについては調査中。つか、オレ「リップ・ヴァン・ウィンクル」って読んだことないのよね。

*7元は「アリババと40人の盗賊たち」。ロックフェラーはあの有名なアメリカの財閥。

LOSS [喪失]

n. 持っていたもの、あるいは持っていなかったものが欠乏していること。後者の意味では、たとえば、敗戦を喫した候補者のことを「選挙に敗れた(lost his election)」と言うし、また、かの著名な詩人、ギルダーのことを「正気を失った(lost his mind)」と言う。前者の、きちんとした意味では、下の有名な墓碑銘にあるような形で使われる:

Here Huntington's ashes long have lain
Whose loss is our eternal gain,
For while he exercised all his powers
Whatever he gained, the loss was ours.
LOVE [愛]

n. 一時的発狂。乱調の原因となったものの影響下から隔離するか、結婚させることで治療可能。この病は、虫歯などと同様、人為的環境に暮らす文明的民族にのみ流行していて、きれいな空気を吸い質素な食事をする未開の民族はこの病に免疫をもっている。ときに命に関わる病気だが、誰の命にかかわるかというと、患者より医者である場合が多い。

LOW-BRED [育ちの悪い]

adj. 養育されずに「飼育」された。

LUMINARY [知的指導者]

n. 問題に光明を投げかけるひと。たとえば編集者。編集者がその問題を取り上げないということは、十分、その問題に光明を投げかけるものだから。

LUNARIAN [月世界人]

n. 月に住んでいる人のことであり、lunatic という頭の中に月を住まわせている人とは区別される。月世界人はルーシャン、ロック他の観察者によって述べられているが、彼らの間にはさほどの意見の一致はない。たとえば、ブラジェロスは、月世界人と人間は解剖学的に同一であると断言しているが、ニューカム教授は、むしろバーモント州の丘陵部族に近いと言っている。

LYRE [竪琴]

n. 古代の楽器的拷問器具のこと。現在、この言葉は詩才を暗喩する言葉として用いられる。たとえば、我らが偉大なる詩人、エラ・ウィーラー・ウィルコックス*に関する下記のような激しい短詩のように:

I sit astride Parnassus with my lyre,
And pick with care the disobedient wire.
That stupid shepherd lolling on his crook
With deaf attention scarcely deigns to look.
I bide my time, and it shall come at length,
When, with a Titan's energy and strength,
I'll grab a fistful of the strings, and O,
The word shall suffer when I let them go!
Farquharson Harris

*Ella Wheeler Wilcox [1850-1919] はっきり言って知らないんだけど、いちおう実在の人物の模様。「サンドイッチの歌」など。


原文
"The Devil's Dictionary" (1910)
翻訳者
枯葉
ライセンス
クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンス
公開日
2001年7月13日
最終修正日
2001年9月25日
URL
Egoistic Romanticist: http://www1.bbiq.jp/kareha/
特記事項
プロジェクト杉田玄白正式参加テキスト。