悪魔の辞典

原題
The Devil's Dictionary
作者
アンブローズ・ビアス
作者(英語表記)
Ambrose Bierce
翻訳者
枯葉

G

GALLOWS [絞首台]

n. 奇跡劇が実演されるステージ。つまり、主役が天国に転送されるという。この国の絞首台の一大特徴は、そこから逃がれる人物が多いことだ。

Whether on the gallows high
  Or where blood flows the reddest,
The noblest place for man to die --
  Is where he died the deadest.
(旧劇)
GARGOYLE [ガーゴイル]

n. 中世の建物のひさしに設けられた雨水の落とし口で、通例、建築物の施工主や所有者の個人的な敵の風貌をグロテスクに模したもの。教会などの宗教的な建物ではとりわけそうであり、その地方の異教徒や論敵を並べた悪漢どもの完全無欠な殿堂といった趣がある。ときどき、新しい司教が赴任してきて方針が変わると、古いガーゴイルはとりのぞかれ、新任者の個人的な憎悪ともっとも近しい関わりのあるものと交換される。

GARTHER [ガーター]

n. ゴム紐の一種で、女性が靴下から飛び出してきて国を荒廃させるのを防止する。

GENEROUS [寛容な]

adj. もともとは生まれの高貴さを意味する言葉で、個々人の偉大な態度について適切に用いられていた。いまは性格の高貴さを意味しており、ここしばらく暇を取っている。

GENEALOGY [系譜]

n. 特に祖先の足跡に興味を持っていなかった人から始まる、その家系の説明書き。

GENTEEL [気取った]

adj. 似非紳士の様式にのっとって洗練された。

Observe with care, my son, the distinction I reveal:
A gentleman is gentle and a gent genteel.
Heed not the definitions your "Unabridged" presents,
For dictionary makers are generally gents.
G.J.
GEOGRAPHER [地理学者]

n. 世界の内側と外側の違いを軽々と説明してくれる輩。

Habeam, geographer of wide reknown,
Native of Abu-Keber's ancient town,
In passing thence along the river Zam
To the adjacent village of Xelam,
Bewildered by the multitude of roads,
Got lost, lived long on migratory toads,
Then from exposure miserably died,
And grateful travelers bewailed their guide.
Henry Haukhorn
GEOLOGY [地質学]

n. 地殻を扱う科学のこと――疑いなく、井戸からおしゃべりな人間がひとり出てくるたびに、その内装に追加が行われるであろうもの。地球の地質学的形成はいまのところこのように分類されている。まず古生代、つまり下層で、その構成は:岩石・泥沼にはまった馬と鹿の骨・ガス管・鉱夫道具・鼻の欠けたアンティークな彫刻・スペインのダブロン金貨・祖先。中世層はだいたいミミズとモグラからなる。第三期層は、線路・解放車道・雑草・蛇・カビの生えたブーツ・ビール瓶・トマト缶・酔って踊る市民・ゴミ・アナーキスト・狂犬・バカ、で構成されている。

GHOST [幽霊]

n. 内心の恐怖が外界で具現化したもの。

    He saw a ghost.
It occupied -- that dismal thing! --
The path that he was following.
Before he'd time to stop and fly,
An earthquake trifled with the eye
    That saw a ghost.
He fell as fall the early good;
Unmoved that awful vision stood.
The stars that danced before his ken
He wildly brushed away, and then
    He saw a post.
Jared Macphester

幽霊がとる非常識な行動について、ハイネは、幽霊たちも我々が幽霊を恐れるのと同じように我々を恐れているのだというような誰かしらの推理について述べている。私が自らの経験から相対的逃走速度表を描き出したとして、そこから判断するとしたら、必ずしもそうとは言えなさそうだ。

幽霊を信じるということは、すべてを失ったあとも彼らには自分の姿を目に映るようにする力があると信じるだけでなく、彼らが身につけている布きれにも同じ力があると信じるということだ。仮に織機から生まれてきた布きれにそういう能力があるとしても、いったい何のために布きれはその力をふるうのであろうか? そしてなぜ衣服だけが、幽霊とは別に歩き回ったりしないのであろうか? 重大な謎だ。こうした謎を追求していくと、この、今をときめく信仰の首を締めることになる。

GHOUL [グール]

n. 死体を貪り食うという非難すべき習慣の虜になっている一種の魔物。グールの存在はあの種の論客たちから意義をはさまれてきた。世になにかよいものを送りだすよりも、心地よい信仰をうばうほうにばかりかまけている連中のことだ。1640年、セクチ神父はフローレンス近辺の墓地でこれにでくわし、十字を切って退散させている。彼の説明によると、複数の頭をもち、異常ともいえる手足をしており、しかも、一度に二ヶ所以上で見たのだそうな。当時、この善良な人物は晩餐の帰りで、「満腹で動きがにぶく」なかったならばどんな危険を冒してでも捕らえてやったものを、述べている。アソルストンによると、とある墓地でグールが一部の勇敢な農夫たちにとらえられ、馬の用水池に沈められたことがあるということだ(どうやら彼は、有名な犯罪者であればバラ香水のタンクに沈められるべきだとお考えなのであろう)。すると水はたちまち血となり「現在なおなお変わらざりき」。以来、池の水は溝から血を流すことになった。14世紀初頭頃には、1体のグールがアミアンの大聖堂の地下墓所の隅に追い詰められ、村の人々みんなでそれを包囲した。十字架を掲げる司祭を先頭に20人の武装した男が突入してそいつを捕らえると、そいつは策を弄して逃れようと考え、外見をある有名な市民のそれに変じさせたが、それにもかかわらず、忌まわしい大衆的狂騒のなかで縛り首のうえ八つ裂きにされてしまった。魔物に姿をまねられた市民は、その不吉な出来事にショックを受けたものと思われ、アミアンには二度と姿を見せなかった。以来、彼の運命は謎につつまれている。

GLUTTON [大食漢]

n. 消化不良を容認することで節制の弊害から逃れるひと。

GNOME [ノーム]

n. 北欧神話における、地球内部に住みこみ、金銀財宝を守っているドワーフっぽいインプのこと。ビョルスンという1765年に死んだ人物によると、その少年時代、スウェーデン南部ではノームはそれなりに一般的なものであり、黄昏時の丘の上を走りまわっているのがしばしば見られたそうだ。ラドウィッグ・ビンカフープは1792年、ブラックフォレストで3体を目撃したそうだし、スネッデイカーが断言するところでは、1803年、彼らはシレジアンの鉱山から3人の鉱夫を追い出したのだそうだ。これらの証言から与えられるデータを考え合わせてみると、どうやらノームは1764年には死滅していたと考えてもよさそうだ。

登場してくるひとたちを知らんので何やらさっぱりです。

GNOSTICS [グノーシス派]

n. 初期のキリスト教とプラトン主義との融合をはかろうとした哲学者の一派。前者が会議に加わろうとしなかっため団結は失敗に終わり、融合の manager たちはたいそう悔しがったということだ。

何を下敷きにしてるんだろ……。

GNU [ヌー]

n. 南アフリカ産の動物。家畜化された状態では、馬のようでもあり、牛のようでもあり、鹿のようでもある。野性の状態では、落雷のようであり、地震のようであり、暴風のようでもある。

A hunter from Kew caught a distant view
  Of a peacefully meditative gnu,
And he said: "I'll pursue, and my hands imbrue
  In its blood at a closer interview."
But that beast did ensue and the hunter it threw
  O'er the top of a palm that adjacent grew;
And he said as he flew: "It is well I withdrew
  Ere, losing my temper, I wickedly slew
  That really meritorious gnu."
Jarn Leffer
GOOD [よい]

adj. かしこい。たとえば奥さま、この辞書の著者の価値に気付けるほどかしこい、ということですよ。さとい。たとえば旦那さま、この辞書の著者を放っておくことの利益に気付けるほどさとい、ということなのです。

GOOSE [鵞鳥]

n. 書きもののための羽ペンを与えてくれる鳥。羽ペンには、大自然のオカルトチックな処理によってか、程度の差はあれ鳥の知力と鳥の情性が染みこんでおり、そのため、「作家」と呼ばれるひとがインクに浸し、機械的に紙の上を走らせると、その結果は、鵞鳥の思考と感情をみごとにかつ正確に表現したものとなる。鵞鳥たちの違いは、この天才的手法によって判明したところでは、こう考えられている。大部分は取るにたりないクズな力の持ち主であり、ごく一部、ほんとうにすばらしい鵞鳥のように思えるものがいる。

GORGON [ゴーゴン]

n.

The Gorgon was a maiden bold
Who turned to stone the Greeks of old
That looked upon her awful brow.
We dig them out of ruins now,
And swear that workmanship so bad
Proves all the ancient sculptors mad.
GOUT [通風]

n. 裕福なリューマチ患者にくだされる医者の診断。

GRACES [グレイス姉妹]

n. 美の三女神、アグレイア、サレイア、ユーフロシュネ。ビーナスに無給で仕えた。彼女らは食料や衣料にまったく支出をしなかった。というのも、とりたててなにかを口にしていたわけでもないし、身につけるものも天気次第、たまたま突風にふきよせられてきたものを着ていたからだ。

GRAMMAR [文法]

n. 独力で功をなした者がゆく出世街道に狙いすましたように仕掛けられている落とし穴。

GRAPE [ブドウ]

n.

Hail noble fruit! -- by Homer sung,
  Anacreon and Khayyam;
Thy praise is ever on the tongue
  Of better men than I am.

The lyre in my hand has never swept,
  The song I cannot offer:
My humbler service pray accept --
  I'll help to kill the scoffer.
The water-drinkers and the cranks
  Who load their skins with liquor --
I'll gladly bear their belly-tanks
  And tap them with my sticker.

Fill up, fill up, for wisdom cools
  When e'er we let the wine rest.
Here's death to Prohibition's fools,
  And every kind of vine-pest!
Jamrach Holobom
GRAPESHOT [葡萄弾]

n. アメリカ社会主義の要求への答えとしてこの先用意されつつある議論。

GRAVE [墓場]

n. 死人が寝そべり、医学生がやってくるのを待つ場所。

Beside a lonely grave I stood --
  With brambles 'twas encumbered;
The winds were moaning in the wood,
  Unheard by him who slumbered,

A rustic standing near, I said:
  "He cannot hear it blowing!"
"'Course not," said he: "the feller's dead --
  He can't hear nowt that's going."

"Too true," I said; "alas, too true --
  No sound his sense can quicken!"
"Well, mister, wot is that to you? --
  The deadster ain't a-kickin'."

I knelt and prayed: "O Father, smile
  On him, and mercy show him!"
That countryman looked on the while,
  And said: "Ye didn't know him."
Pobeter Dunko
GRAVITATION [引力]

n. あらゆる物体がもつ相手のほうに近づこうとする傾向。その強さは、内在物質量に比例する――内在物質量は、相手のほうに近づこうとする傾向の強さから突きとめられる。これは見事にして啓発的なひとつの実例である。科学はこのようにして、AをBの証明としておいてから、BをAの証明とするのだ。

GREAT [偉大な]

adj.

"I'm great," the Lion said -- "I reign
The monarch of the wood and plain!"

The Elephant replied:"I'm great --
No quadruped can match my weight!"

"I'm great -- no animal has half
So long a neck!" said the Giraffe.

"I'm great," the Kangaroo said -- "see
My femoral muscularity!"

The 'Possum said:"I'm great -- behold,
My tail is lithe and bald and cold!"

An Oyster fried was understood
To say:"I'm great because I'm good!"

Each reckons greatness to consist
In that in which he heads the list,

And Vierick thinks he tops his class
Because he is the greatest ass.
Arion Spurl Doke
GUILLOTINE [ギロチン]

n. フランス人が肩をすくめるのにもっともな理由をつくる機械。

名著「民族発展の分岐線」の中で、著者であるブレイファグル教授は、フランス人の間でのこのゼスチャー――肩をすくめること――の普及から論じている。それによると、このゼスチャーは亀から伝わってきたものであり、甲羅の中に首を引っこめる習慣が残存したにすぎないのだそうだ。かくも高名な権威者に異を唱えるのは気が進まないのだが、私の意見では(さらに詳しく知りたい方は、拙著「遺伝性感情」--lib. II, c. XI を参照されたし)、肩をすくめるという行動は、かくも重要な理論をうちたてるには貧弱な土台だ。私としては、この行動の起源を、ギロチンが活動中だった頃にギロチンから受けた恐怖にまでダイレクトにさかのぼることができると信じてやまない。

GUNPOWDER [火薬]

n. 文明国家が、放置しておくと厄介なことになりかねない言論の沈静化にもちいる手段。中国で発明されたというのがほとんどのもの書きの定説だが、とくに信用に値する証拠はない。ミルトンは、悪魔が天使を消しとばすために発明したのだといっており、天使がめったに見られないことからすれば、この意見にはまんざら証拠がないわけではなさそうだ。さらに、ジェイムズ・ウィルソン農務長官もこの意見に心から同意している。

ウィルソン長官は、官営実験農場でのとあるできごとを体験して以来、火薬に興味を持つようになった。数年前のある日、長官の深い学識と個人的尊厳への敬意に欠けた悪党が火薬の袋を贈り、それを、パタゴニア産の高い商品価値を持つ穀物センコウスサマジキ・ギョウテンセシムモノの種であり、ここの気候に適していると言ってのけた。善良な長官はさっそく、教えられたとおり、うねに沿ってそれを撒いて上に土をかぶせていった。やがて十エーカーの土地にある道すべてを横切る長大な線を描いたのだが、気前のよい寄贈者の叫びに振り向いてみると、その男はただちに火のついたマッチをうねのスタート地点に落としたのである。火薬は地面に接したためにやや湿っていたものの、おどろく長官の目には猛然と迫りくる炎と煙の柱が映った。声もなく立ちすくんでいたのもつかの間のこと、彼はある用件をおもいだし、すべてを放り出して驚くべき機敏さでそこから姿を消したため、その経路沿いにいた傍観者の目には、長くておぼろな線が信じがたいスピードで7つの村を駆け抜けていくようにしか見えず、また音にしても、慰めをこばむかのようにしか思えなかった。「うわっ! ありゃあなんだ?」と、測量助手が手で目元に影を作りながら、遠くの地平線を二分する農本主義者の軌跡が消えゆくさまをみつめた。「あれは」と測量技師は、その現象を注意深くみつめ、それから自分の道具に集中して、答えた。「ワシントンの経線だ」


原文
"The Devil's Dictionary" (1910)
翻訳者
枯葉
ライセンス
クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンス
公開日
2001年7月13日
最終修正日
2001年9月14日
URL
Egoistic Romanticist: http://www1.bbiq.jp/kareha/
特記事項
プロジェクト杉田玄白正式参加テキスト。