悪魔の辞典

原題
The Devil's Dictionary
作者
アンブローズ・ビアス
作者(英語表記)
Ambrose Bierce
翻訳者
枯葉

I

I はアルファベットの最初の文字であり、当言語の最初の単語であり、頭脳における最初の思考であり、愛情の最初の対象である。文法的には一人称の代名詞であり、単数。複数形は We と言われているが、2人以上のわたくしめがどうやって存在しうるのかは、明敏な文法学者ならぬ比類ないこの辞書の著者にはよく分からない。2人の私自身という概念は難解だけれども、まあいいや。率直で上品な I の使用こそがもの書きの善し悪しを区分する。悪しきは、強奪品をマントの下に隠そうとするこそ泥のように持ち運ぶ。

ICHOR [イコル]

n. 神々にとって血液の代わりをつとめる液体。

Fair Venus, speared by Diomed,
Restrained the raging chief and said:
"Behold, rash mortal, whom you've bled --
Your soul's stained white with ichorshed!"
Mary Doke
ICONOCLAST [偶像破壊主義者]

n. 偶像の破壊者。これの信奉者はその実行だけに飽きたらず、激しい熱意をもってこう主張する。我は壊築すれども改築せず、我は引き倒せども積み重ねず。なぜならば、哀れなものどもは我が打破せし偶像の代わりを抱えたがるであろうから。だがそれは間違っている、かの偶像破壊者は云うではないか:「汝、ひとつたりとも偶像をもってはならぬ。汝はそれを必要としないのだから。そしてもし偶像を作り周囲をたぶらかすものあれば、見よ、私はかのものが音をあげるまでその頭を抑えつけ、その上に座すであろう」

IDIOT [白痴]

n. 多数にして強力なある部族のメンバー。人類の事物は常にこの部族によって支配され、コントロールされてきた。白痴の活動は思考や行動における特殊な領域に限定されるものではなく、「全領域に浸透し、統制する」ものである。かれはあらゆることたいして決定的な言葉を有しており、その決定は上訴不可能である。かれは嗜好の流行や評価をセッティングし、言語の限界を定め、ふるまいを死線で狭搾する。

IDLENESS [怠惰]

n. 悪魔が新種の実験栽培と特産悪徳の促成栽培を行う実験農場。

IGNORAMUS [無学者]

n. あなたが精通している種類の知識に暗く、あなたがまったく知りもしないことに精通している人。

Dumble was an ignoramus,
Mumble was for learning famous.
Mumble said one day to Dumble:
"Ignorance should be more humble.
Not a spark have you of knowledge
That was got in any college."
Dumble said to Mumble:"Truly
You're self-satisfied unduly.
Of things in college I'm denied
A knowledge -- you of all beside."
Borelli
ILLUMINATI [光明会]

n. 16世紀後半のスペインの異教徒の一派。こう呼ばれるのは軽々し(light weights)かった――つまり cunctationes illuminati であったため。

ILLUSTRIOUS [傑出した]

adj. 恨み・妬み・非難の矛先に適切にセットされた。

IMAGINATION [想像力]

n. 詩人と嘘つきが所有権を共有する事実の倉庫。

IMBECILITY [軽挙妄動]

n. 神々しいインスピレーション、というか人知を超えた衝動の一種で、この辞書にあら捜しめいた批判を加える人が冒されているもの。

IMMIGRANT [移民]

n. 自国より他国のほうがいいと考える蒙昧な人。

IMMODEST [慎みのない]

n. 自らの長所に強い自覚を誇ると同時に他人の価値には貧弱な認識力を誇っている。

There was once a man in Ispahan
    Ever and ever so long ago,
And he had a head, the phrenologists said,
    That fitted him for a show.

For his modesty's bump was so large a lump
    (Nature, they said, had taken a freak)
That its summit stood far above the wood
    Of his hair, like a mountain peak.

So modest a man in all Ispahan,
    Over and over again they swore --
So humble and meek, you would vainly seek;
    None ever was found before.

Meantime the hump of that awful bump
    Into the heavens contrived to get
To so great a height that they called the wight
    The man with the minaret.

There wasn't a man in all Ispahan
    Prouder, or louder in praise of his chump:
With a tireless tongue and a brazen lung
    He bragged of that beautiful bump

Till the Shah in a rage sent a trusty page
    Bearing a sack and a bow-string too,
And that gentle child explained as he smiled:
    "A little present for you."

The saddest man in all Ispahan,
    Sniffed at the gift, yet accepted the same.
"If I'd lived," said he, "my humility
    Had given me deathless fame!"
Sukker Uffro
IMMORAL [不道徳な]

adj. 不適切な。長い目で見、また夥しい数の事例に目を通していけば、なんであれ不適切といわれるものが、概して、誤っていて悪質で不道徳なものと見なされるようになることを見出すはずだ。人間の善悪の概念は、このご都合主義以外に依るべき根拠をもっていない。もしそれが他になんらかの根拠を持つ、あるいは持ちうるものであるならば、もし行動それ自体に道徳的特徴があり、その結果となんら関係ないのであるならば――そのとき、あらゆる哲学は嘘っぱち、理性すなわち精神の混乱ということになる。

IMMORTALITY [不死性]

n.

A toy which people cry for,
And on their knees apply for,
Dispute, contend and lie for,
    And if allowed
    Would be right proud
Eternally to die for.
人が叫び求める玩具
人がひざつき求める玩具
だまし、争い、求める玩具
  もしも願いがかなうなら
  勝ちえて永遠(とわ)に誇ろうと
命投げうち求める玩具
G.J.
IMPALE [串刺しにする]

v.t. 一般的な用法では、なんらかの武器を突き刺したまま傷口に残すこと。が、これは不正確だ。串刺しにするとは、もちろん、直立する尖った杭で肉体をうちぬくことであり、犠牲者が座ったままその場に放置された。これは古代社会の多数に共通して見られる刑罰で、中国その他アジア諸方ではいまなお大流行している。15世紀初頭にさかのぼると、異教徒や造反者を「訓戒する」ための手段として広く用いられていた。ウォルクラフトはこれを「懺悔の椅子」と呼んでおり、また一般大衆は「一本足の馬への騎乗」というおどけた言い方をしていた。ラドウィッグ・ザルツマンによると、チベットでは串刺しの刑が宗教に反する犯罪に対するもっとも適切な刑罰とみなされているそうだ。また中国では、世俗的な法律違反への報いとして用いられることもないわけではないが、やはり神への冒涜に対する罰として宣告されることがいちばん多い。串刺しの目にあった人物にとって、その不愉快さに比べれば自分がどんな社会的あるいは宗教的異論を戦わせていたせいでそうなったかなどささいなことにちがいない。だが、「本物の教会」の尖塔に飾られた風見鶏となって自分自身を見つめる機会があれば、間違いなくある種の満足感を得ることだろう。

IMPARTIAL [公平な]

adj. 対立する二つの意見について、どちらを採用するのが得か、どちらを支持するのが得かといった見通しを持たない。

IMPENITENCE [未改悛]

n. 時系列的には罪と罰のはざまにある精神状態。

IMPIETY [不信心]

n. みなさまがわたくしめの信仰にはたらく非礼のこと。

IMPOSITION [按手・詐欺]

n. 祝福と浄化を、両手を置くことで行うこと――多数の教会組織で一般的にみられるセレモニーだが、これをもっとも率直な形で実行するのは「泥棒」派として知られる教団である。

"Lo! by the laying on of hands,"
    Say parson, priest and dervise,
"We consecrate your cash and lands
    To ecclesiastical service.
No doubt you'll swear till all is blue
At such an imposition. Do."
Pollo Doncas
IMPOSTOR [詐欺師]

n. 世評を競うライバルのこと。

IMPROBABILITY [ありそうにないこと]

n.

His tale he told with a solemn face
And a tender, melancholy grace.
  Improbable 'twas, no doubt,
  When you came to think it out,
  But the fascinated crowd
  Their deep surprise avowed
And all with a single voice averred
'Twas the most amazing thing they'd heard --
All save one who spake never a word,
  But sat as mum
  As if deaf and dumb,
Serene, indifferent and unstirred.
  Then all the others turned to him
  And scrutinized him limb from limb --
  Scanned him alive;
  But he seemed to thrive
  And tranquiler grow each minute,
  As if there were nothing in it.
"What! what!" cried one, "are you not amazed
At what our friend has told?" He raised
Soberly then his eyes and gazed
  In a natural way
  And proceeded to say,
As he crossed his feet on the mantel-shelf:
"O no -- not at all; I'm a liar myself."
IMPROVIDENCE [その日暮らし]

n. 明日の収入から今日の食事を賄うこと。

IMPUNITY [免罰]

n. 豊かであること。

INADMISSIBLE [(証拠として)認められない]

adj. 考慮に値しない。ある種類の証言――陪審団に任せるのは不適当と思われ、またそのために裁判官たちが、他に誰もいないような訴訟手続にあってさえ禁じてしまう証言について言う。伝聞証拠は、情報源の人物が宣誓していないし、法廷での反対尋問にも出てこないため、認められない。ただ、最重要の訴訟(actions)――軍事、政治、商業その他ありとあらゆるもの――は、日々伝聞証拠でもって動いているのだけれども。宗教についていえば、世界中どこをさがしても伝聞証拠以外の根拠を持つものは存在していない。お告げこれすなわち伝聞証拠である。聖典には神の言葉が書かれている、と直接証言している唯一の人物である記録者は大昔に死んでしまっていて、その身元もよく分からないし証言の前に宣誓してくれたのかどうかを知る術もまったくないのだ。我が国で今現在適用されている証拠の規則を照らし合わせてみると、聖書の主張には全面的に法廷で認められる証拠がない。ブレンハイムの戦いは本当にあったことなのか、ジュリアス・シーザーなる人物は、アッシリア帝国は本当に存在したのか。こうしたことを証明するのは不可能だ。

だが、裁判所の記録は証拠として認められるため、かつて邪悪な魔術師が魔力をふるって人類を苦しめていたのは簡単に証明できる。魔女たちを魔女とした証拠(自白含む)に不備はなかったし、今みても非のうちどころがない。それに基づいて下された裁判官の判断は法的にも論理的にもまっとうなものだ。多くの人々を死に追いやった魔術師としての告発よりも完璧に証明されたものは、現存するどの法廷においても見られなかった。もし魔女などいなかったとすれば、人間の証言能力や人間の判断能力はことごとく価値を失ってしまうことになる。

INAUSPICIOUSLY

adv. 不幸の兆し(auspieces)があって、あまり将来的にかんばしくなさそうな。ローマ人の間では、重要なアイデアや企図を行動にうつす前に、易者というか預言者にあたって、その予想される成果をたずねるのが慣わしだった。かれらがもっとも好み、またもっとも信頼をおいた占術のひとつが、鳥の飛び方の観察だった――ここから、兆しのことを auspices と呼ぶようになったのだ。新聞記者やとある悪質な辞書編纂者の決定によると、この言葉は――常に複数形で使われるのだが――「パトロン」あるいは「マネージメント」を意味すると思われているようだ。たとえば、「その祭典は古き栄誉ある死体泥棒教団の auspieces を受けたものであった」とか、「その浮かれ騒ぎはハラペコ騎士団により auspicate された」などと使う。

A Roman slave appeared one day
Before the Augur."Tell me, pray,
If --" here the Augur, smiling, made
A checking gesture and displayed
His open palm, which plainly itched,
For visibly its surface twitched.
A denarius (the Latin nickel)
Successfully allayed the tickle,
And then the slave proceeded:"Please
Inform me whether Fate decrees
Success or failure in what I
To-night (if it be dark) shall try.
Its nature? Never mind -- I think
'Tis writ on this" -- and with a wink
Which darkened half the earth, he drew
Another denarius to view,
Its shining face attentive scanned,
Then slipped it into the good man's hand,
Who with great gravity said:"Wait
While I retire to question Fate."
That holy person then withdrew
His scared clay and, passing through
The temple's rearward gate, cried "Shoo!"
Waving his robe of office. Straight
Each sacred peacock and its mate
(Maintained for Juno's favor) fled
With clamor from the trees o'erhead,
Where they were perching for the night.
The temple's roof received their flight,
For thither they would always go,
When danger threatened them below.
Back to the slave the Augur went:
"My son, forecasting the event
By flight of birds, I must confess
The auspices deny success."
That slave retired, a sadder man,
Abandoning his secret plan --
Which was (as well the craft seer
Had from the first divined) to clear
The wall and fraudulently seize
On Juno's poultry in the trees.
G.J.
INCOME [収入]

n. 社会的重要度を計る際の自然で合理的なものさし。広く標準とされているものさしは恣意的で独断的で間違いだらけなのだから。あの戯曲の「サー・サイコファス・クリソレイター」の述懐は正しい:「資産というもの(その構成はどうでもよい――財貨、土地、住居、商品、あるいは自身の功績ゆえに所有していると主張してよいものならばなんでもよい)、たとえば栄誉、肩書き、地位身分、あるいは権力や資力の持ち主から面識や好意を得ているということ、そのどれもがみな金を得るためのものにすぎない。だからこそ、この目的にどれくらい有益かというものさしでもって、あらゆる物事の価値は判断されなければならぬ。こうして得られる合意をもって、その所有者は適切な地位を得なければならぬ。収益のない荘園(それがいかに広くいかに古くとも)の領主、実益のない爵位の持ち主、王の寵愛を得ている貧乏人が、日ごとに富を重ねる者に匹敵する身分を得ることはありえないのだ。非生産的な富をもって栄誉を求めようとも、せいぜい貧乏で無価値な連中と同じ程度の栄誉を得るが関の山であろう」

INCOMPATIBILITY [不一致]

n. 夫婦間の趣味の一致。とりわけ支配についての趣味の。不一致は、場合によっては、柔和な目つきの女性名士と一致することもある。顎鬚を生やした例もないわけではない。

INCOMPOSSIBLE [両立不可能な]

adj. 何か他のものがある場合には存在できない。2つのものがあり、世界にそのうち1つを収める余地はあるけれども、両方分はないという場合、その2つのものは両立不可能である――たとえば、ウォルト・ホイットマンの詩と、人類への神の慈悲とは両立不可能だ。両立不可能性は、見方によっては、むきだしにされた不一致に過ぎないともいえる。「とっとと失せろ――ぐずぐずするな、殺すぞ」というような下賎な言葉を使う代わりに、「私どもは両立可能ではございません」というほうが、同じニュアンスを正確に伝えつつ、威厳を損なうことがないという点で優れている。

INCUBUS [夢魔]

n. きわめて不道徳な魔物たちが属する種族。おそらくは完全には絶滅していないと思われる。最高の夜を体験したことがあるものたち、と言われるのではないだろうか。incubisuccubiincubaesuccubae を含む)についての網羅的な説明を求めるのであれば、プロタッサスの Liber Demonorum (Paris, 1328) を参考にせよ。この本には、公立学校のテキストとしての使用を想定したような辞書には収められない、興味深い情報が満載されている。

ヴィクトル・ユゴーによると、チャネル島ではサタン自身が――かの女性たちの美しさに魅了されたために他のどこでもないその島だったのであろう、間違いなく――ときどき夢魔を演じた。そのため、結婚の誓いを守りたいと願っていた善良な女たちは、概して、たいそう迷惑し、恐怖していたそうだ。とある女性が教区の牧師に面会し、魔物たちをどうやって暗闇の中夫と見分ければよいのか、教えを乞うた。聖職者は言った、額にふれて角があるかどうか確認なさい、と。ところがユゴーは、不埒なことに、そのテストの効力について疑問を呈したのである。

INCUMBENT [聖職者]

n. 俗人(outcumbent)に向けてもっとも生活的な興味をもっている人。

INDECISION [優柔不断]

n. 成功のための主要素。「なぜかといえば」とトマス・ブリューボルド卿は云う。「なにもせずにいる方法はひとつしかないが、なにかをするにはさまざまな方法があり、しかもそのうち正しいものは絶対にたったひとつしかないからだ。そう考えると、優柔不断のあまりじっと立ったままでいる者が、ひたすら押し進む者と比べて道を踏み外す可能性が低いのは道理といえる」――この件に関するもっとも分かりやすくもっとも納得のいく解説である。

「きみのすばやい判断は」と、グラント将軍はあるときゴードン・グランジャー将軍に言った。「賞賛すべきものであった。決定までに5分しか時間を要しなかったのだからな」

「はい閣下」と、部下は得意になって答えた。「至急やるべきことを正確に知るのはすばらしいことであります。攻撃か撤退か迷うとき、本官は1秒たりともためらいません――コイントスです」

「ということは、あのときもそうしたというのかね?」

「そうです、将軍。ですが、お叱りにならぬようお願いいたします。本官はコイントスの結果に従わなかったのでありますから」

INDIFFERENT [無関心な]

adj. いろんなものごとの違いへの感受性がいまひとつ足りない。

"You tiresome man!" cried Indolentio's wife,
"You've grown indifferent to all in life."
"Indifferent?" he drawled with a slow smile;
"I would be, dear, but it is not worth while."
Apuleius M. Gokul
INDIGESTION [消化不良]

n. 患者とその友人たちからは、しばしば深い宗教的信念と錯誤され、しばしば人類の救済と結びつけて考えられる、一種の病。単細胞な「赤い人」の乱暴な見方では、それにある種の無茶がともなっているのは認めざるをえないが、こういうことだ:「量よい、祈りない。腹痛大きい、神山盛り」

これ全体的に意味不明。

INDISCRETION [無分別]

n. の罪悪。

INEXPEDIENT [不適当な]

adj. その人にとってプラスになるように計算されていない。

INFANCY [幼児期]

n. 人生における一時期。ワーズワースによれば「天国が我らに嘘をつく」とき。その後すぐに、俗世が我らに嘘をつきはじめる。

INFERIAE [霊前の供え物]

n.Latin. ギリシャとローマでは、Dii Manes つまり死せる英雄たちを慰めるための供え物。というのも、信心深い古代人たちは、その霊的なニーズを満たすための神々を考え出せず、やむなく間に合わせの民間信仰を――船乗りたちなら jury-gods* とでも呼んだだろうが――大量に持たざるを得なかったのだ。あのもっとも信用ならない代物を。アガメムノンの霊に牛を生贄として捧げたところ、アウリスの司祭レイエイディースはかの著名な戦士の遺影に浴する栄誉を得た。アガメムノンの霊は、預言するように、キリストの誕生とキリスト教の勝利とを物語り、サン・ルイ時代までの出来事を短い時間でかなり詳細に披瀝してみせた。ところが、かれの物語は唐突に終わりを告げる。思いやりのない雄鶏の大群が、亡霊となった人間の王を冥界へ追い帰してしまったのだ。この話には中世の見事な趣がある。これについて初めて言及しているのはペール・ブラテイルというサン・ルイ宮廷の敬虔だが無名なもの書きであり、それ以前には見出せない。よって、我々はそれを偽作と決めつけるような考えにくみすべきではない。もっとも、この問題に関するカペル猊下の判断は違っていたわけだが。それに私は兜を脱ぐ――や、投げつける。

*船乗りから出発して「応急の」を意味する海事用語 jury を導く。そこから「陪審団」(jurymen)を連想させ、まとめて「もっとも信用ならない代物」と落とすのが狙いかと思われる。なんとかうまく遊べないもんだろうか。

というより、あんまり話がよくわかってない。Saint Luois 宮廷についていつの時代かすら知らないから。

INFIDEL [異教徒]

n. ニューヨークでは、キリスト教を信じないもの。コンスタンチノープルでは、キリスト教を信じるもの。(GIAOUR [【トルコ語】異教徒] 参照のこと。)以下に挙げる人物への敬意を欠き、貢物を出し惜しみする人:聖職者・牧師・坊主・神父・尼僧・シスター・助祭・侍祭・僧正・法皇・法王・住職・教皇・司祭・ラマ・小僧・高司祭・呪術師・神主・祭司・説教師・ラビ・伝道師・住持・律法学者・宣教師・ムッラ・僧侶・巫女・神官・修道士・訓戒師・司教・ドルイド・大司教・バラモン・尊師・神学者・巡礼・聖歌隊・隠修道士・枢機卿・主教。

ほんとはものすごいリストなんだけど、日本語の語彙であれを再現するのは無理っぽい。というわけで、宗教関係者を思いつくかぎり並べたててみた。

INFLUENCE [影響力]

n. 政治では、換金可能な何かと引き換えに与えられる夢想的な何か。

INFALAPSARIAN

n. もしアダムに精神がなかったならば、かれは罪を犯さずにすんだはずとあえて信じる人――これとは逆なのが Supralapsarian で、こちらは運のない人物ははじめから堕落するように決定されていると主張する。Infralapsarian は、ときに、アダムについての見解に重要性や透明性をもたらす重大な活動をなさない Sublapsarian と呼ばれることもある。

Infalpsarian, Supralapsarian, Sublapsarian にそれぞれあてはまる訳語が分かりません。

Two theologues once, as they wended their way
To chapel, engaged in colloquial fray --
An earnest logomachy, bitter as gall,
Concerning poor Adam and what made him fall.
"'Twas Predestination," cried one -- "for the Lord
Decreed he should fall of his own accord."
"Not so -- 'twas Free will," the other maintained,
"Which led him to choose what the Lord had ordained."
So fierce and so fiery grew the debate
That nothing but bloodshed their dudgeon could sate;
So off flew their cassocks and caps to the ground
And, moved by the spirit, their hands went round.
Ere either had proved his theology right
By winning, or even beginning, the fight,
A gray old professor of Latin came by,
A staff in his hand and a scowl in his eye,
And learning the cause of their quarrel (for still
As they clumsily sparred they disputed with skill
Of foreordination freedom of will)
Cried:"Sirrahs! this reasonless warfare compose:
Atwixt ye's no difference worthy of blows.
The sects ye belong to -- I'm ready to swear
Ye wrongly interpret the names that they bear.
You -- Infralapsarian son of a clown! --
Should only contend that Adam slipped down;
While you -- you Supralapsarian pup! --
Should nothing aver but that Adam slipped up."
It's all the same whether up or down
You slip on a peel of banana brown.
Even Adam analyzed not his blunder,
But thought he had slipped on a peal of thunder!
G.J.
INGRATE [恩知らず]

n. 他人から利益を受ける人。あるいは慈善の対象となっている人。

"All men are ingrates," sneered the cynic.  "Nay,"
    The good philanthropist replied;
"I did great service to a man one day
Who never since has cursed me to repay,
            Nor vilified."

"Ho!" cried the cynic, "lead me to him straight --
    With venerate ion I am overcome,
And fain would have his blessing."  "Sad your fate --
He cannot bless you, for I grieve to state
            This man is dumb."
「人間なんて恩知らず」と冷笑家は嘲笑う
「さにあらず」と善良なる慈善家が答えて言う
  「私は一人の男に非常に親切にしてあげた
以来彼からあだで返されたことはない
そして陰口をたたかれたこともない」

「ほほう! そいつのところに連れてってくれ――
 そしたらおとなしく負けを認めるさ
そして心地よく彼の祝福を聞こうとも」「ついてないねえ――
彼は君を祝福できないよ、こう言ってはなんだけども
     あいつは唖だから」
Ariel Selp
INJURY [傷害]

n. 軽蔑に次ぐ無法行為。

INJUSTICE [不正]

n. 片っ端から他人に負わせる重荷。もっとも軽いものは手で運び、もっとも重いものは背に担ぐ。

INK [インク]

n. タンニン類鉄とアラビアゴムに水を加えて混ぜ合わせた有害な液体。主として白痴病の伝染と知的犯罪の促進に使用される。インクには奇妙で矛盾した特性がある。名声の獲得に用いられることもあれば、名声の失墜に用いられることもあるのだ。しかし、使い方としてもっとも一般的なのは、名声という建物の石材をつなぐモルタルとしての用法であり、また、その建築材の質の悪さを後になって隠す漆喰としての用法である。世にいうジャーナリストとは、入浴するために料金を払う人もいれば出るために料金を払う人もいる、インク風呂というものを確立した人々である。金を払って入った人が、出るときには2倍の料金を支払うというのも決してめずらしいできごとではない。

INNATE [生得の]

adj. ナチュラルな、先天的な――生得の概念とはつまり、我々が生まれながらに備えているものであり、我々に先立って与えられたもののことである。生得の概念という原理は哲学教においてなにより賞賛すべき信念だ。それ自体が生得の概念であるため、反論を受けつけない。もっとも、ロックは愚かにもそれに「汚点」をつけたと自負していたのだが。生得の概念に含まれるものとして、新聞を経営する能力、所属国の偉大さ、所属文明の優秀さ、個人的事情の重要さ、精神的退廃への好奇などが言及されてもよいと思われる。

INNARDS [内臓]

n.pl. 胃、心臓、その他もろもろのはらわた。高名な研究者たちは魂を内臓として分類しないが、鋭い観察者にして名高い権威であるガンソーラス博士は、脾臓として知られている、あの謎につつまれた器官こそが我らが重要なパーツに他ならない、と確信している。逆に、ギャレット P. セルヴィス教授は、脊髄の延長部、尻尾(人間にはないが)を形作る髄にこそ人の魂が存在するとし、それを証明するために尻尾のない生き物にはないという事実を自信満々で指摘している。この2つの理論については、両方ともを信じることで判断を保留するのがいちばんだ。

INSCRIPTION [碑文]

n. 物体の上に書かれた何か。碑文の種類はさまざまだが、大部分はメモリアルな、高名な人物などの名声を記念しようとするもので、その功績と美徳を後代にまで伝え残そうとしている。この系統に属するものとして、ワシントン記念碑に鉛筆書きされているジョン・スミスという名前がある。以下にいくつか、墓石に書かれた追悼の碑文の実例を挙げてみよう:(EPITAPH 参照のこと)

"In the sky my soul is found,
And my body in the ground.
By and by my body'll rise
To my spirit in the skies,
Soaring up to Heaven's gate.
        1878."

「ジェレマイア・ツリーの想い出に捧ぐ。1862年、享年274ヶ月と12日で切り倒される。自生種。」

    "Affliction sore long time she boar,
      Phisicians was in vain,
    Till Deth released the dear deceased
      And left her a remain.
Gone to join Ananias in the regions of bliss."
"The clay that rests beneath this stone
As Silas Wood was widely known.
Now, lying here, I ask what good
It was to let me be S. Wood.
O Man, let not ambition trouble you,
Is the advice of Silas W."

「リチャード・ヘイモン、天国在中。1807年1月20日地に生れ落ち、1874年10月3日、塵芥を己が身から払い落とす。」

INSECTIVORA [食虫目]

n.

"See," cries the chorus of admiring preachers,
"How Providence provides for all His creatures!"
"His care," the gnat said, "even the insects follows:
For us He has provided wrens and swallows."
Sempen Railey
INSURANCE [保険]

n. 胴元をやっつけているのだという心地よい確信を抱いて悦にいるのがプレイヤーに許される、現代的で天才的な運勝負。

保険外交員:お客さま、すばらしいお宅をお構えですねえ――わたくしどもの保険をおかけになりませんか?

住居所有者:喜んで。保険料の年賦はおさえてくださいね。そちらの計算で、火事によって家が損壊すると期待される年までに支払った保険料が、保険の額面以下になるように。

保険外交員:困りましたね、お客さま――わたくしどもとしてもそうする余裕はないのです。お支払いが、それ以上になるように設定しなければならないんですから。

住居所有者:ねえ、私にだってそんな余裕はないに決まってるでしょう?

保険外交員:ですが、あなたの家もいつ焼けるか分からないんですから。たとえば、スミスさんがお持ちだった家をごらんください。あの家は――

住居所有者:ああなりませんように――差し向かいにはブラウンさん、ジョーンズさん、ロビンソンさんの家が並んでいたものですが、みんな――

保険外交員:ああなりませんように!

住居所有者:ねえ、お互いちゃんと分かり合いましょうよ。あなたは、私の家にこの先なんらかの事件が起き、しかも私が、その時期がそちらで設定した時期よりも早くくるにちがいないと推測したうえで金を支払うようにしむけたい。言いかえれば、私が、あなたが口で言っているほどにこの家がもたないというほうに賭けるのを期待しているわけです。

保険外交員:でも、保険をかけずに火事になったら全損ですよ?

住居所有者:ちょっと失礼――ねえ、あなたがたの計算によると、家が焼けてしまったとき、それ以降の支払い義務がなくなった年賦の分、私が得をするということですよね――つまり、額面からそれまでに支払ってきた金額を引いた分だけ。でももし、今保険にかかっていない私の家が、そちらの数字の基礎になってる時期よりも早く焼けると仮定してみましょう。そして私はそんなのには耐えられないとします。私は保険をかけます。家が焼けました。あなたがたはどうやって我が家に保険を適用するというのですか?

保険外交員:あー、わたくしどもは他のクライアントと結んだより幸運な投機分からまるまる補填することでしょう。事実上、他のクライアントからあなたの損失が支払われます。

住居所有者:では事実上、私もまたかれらの損失を支払ってやるわけじゃないですか? かれらの家だって、私の家と同じように、そちらがかれらの支払わなければならない金額をまだ満額納めないうちに焼けてしまうかもしれませんよ? 結局それってこういうことでしょう:あなたがたはクライアントから、かれらに支払わなければならない金額以上の金をとろうとしている。

保険外交員:そりゃそうですよ、わたくしどもとしましても――

住居所有者:私は私の金をあなたがたに任せたくない。それでじゅうぶんです。もしクライアント全体について彼らがあなたがたのために金を失うのが「そりゃそう」なんであれば、そのうち少なくとも一人は金を失うに「決まっている」ということじゃないですか。こうした個人的確率が寄り集まったのが期待値っていうやつですからね。

保険外交員:それを否定しはしませんが――でもほら、このパンフレットの数字は――

住居所有者:とんでもない!

保険外交員:お客さまがおっしゃりたいのは、あるいは払おうとしている年賦を節約したいということですよね。でもどちらかといえば、節約したところで浪費する可能性の方が高いのではとお思いになりませんか? わたくしどもといたしましては、倹約のインセンティブを提供させていただいているのですけれども。

住居所有者:Bの金をAが心配したがるのは保険にかぎったことではありませんけれども、それでもチャリティーとしてのあなたがたの制度は尊敬いたしますよ。ただ、それを受けるに値する対象から、その表現を受け取るよう志してくださいな。

INSURRECTION [暴動]

n. 不成功に終わった改革。腐った政府を悪政に代えようとする不満分子の失敗。

INTENTION [志]

n. あるグループの影響力が他方のそれを圧倒しているのを精神的に感じとること。遅かれ早かれ嫌がうえでも実行せねばならない、という強迫観念を原因とする結果

INTERPRETER [通訳]

n. 片方の話を好きなように解釈して復唱することにより、異なる言語を操る二者の相互理解を可能にする人。

INTERREGNUM [空位期間]

n. 君主制国家が玉座のクッションに残された温もりによって統治される期間。そこをだんだんに冷ましていこうという試みは、大抵、多数の価値ある人々が温めなおそうとをあげるせいで、不幸な結果を招く。

INTIMACY [ねんごろ]

n. 取り結ぶことによってバカが神慮に基づいた相互破壊へとひきこまれる関係。

Two Seidlitz powders, one in blue
And one in white, together drew
And having each a pleasant sense
Of t'other powder's excellence,
Forsook their jackets for the snug
Enjoyment of a common mug.
So close their intimacy grew
One paper would have held the two.
To confidences straight they fell,
Less anxious each to hear than tell;
Then each remorsefully confessed
To all the virtues he possessed,
Acknowledging he had them in
So high degree it was a sin.
The more they said, the more they felt
Their spirits with emotion melt,
Till tears of sentiment expressed
Their feelings.Then they effervesced!
So Nature executes her feats
Of wrath on friends and sympathetes
The good old rule who don't apply,
That you are you and I am I.
INTRODUCTION [紹介]

n. 悪魔によって考案された社交儀礼のことで、そのしもべを満足させるために、そしてその敵を苦しめるためにある。紹介がもっとも悪質に発達しているのは我が国だが、実のところ、これには我が国の政治システムに密接な関係がある。あらゆるアメリカ人は他のあらゆるアメリカ人と平等であり、したがって全員に全員を知る権利があり、つまり要請や許可を待たずに他人を他人に紹介する権利があるのだろう、というわけだ。独立宣言は以下のように読むべきである。

「我々は以下の真実を自明とする。あらゆる人間は平等に生まれついている。あらゆる人間は造物主より確かな不可譲の権利を授けられている。あらゆる人間には人生があり、また夥しい数の知己を押し付けることにより他人の人生を無惨なものにする権利がある。自由、特にお互い同士がすでに敵として知り合いではないかと最初に確認することなく他人を他人に紹介しうる自由がある。そして、せわしない赤の他人の群れにより他人の幸福を追求する権利があると信ずる」

INVENTOR [発明家]

n. 歯車・レバー・スプリングの天才的な配列を作り出す人。また同時に、それこそが文明だと信じている人。

IRRELIGION [無宗教]

n. 世の偉大なる信仰の第一にくるもの。

ITCH [疥癬(かいせん)]

n. スコットランド人の愛国心


原文
"The Devil's Dictionary" (1910)
翻訳者
枯葉
ライセンス
クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンス
公開日
2001年7月13日
最終修正日
2012年6月18日
URL
Egoistic Romanticist: http://www1.bbiq.jp/kareha/
特記事項
プロジェクト杉田玄白正式参加テキスト。