悪魔の辞典

原題
The Devil's Dictionary
作者
アンブローズ・ビアス
作者(英語表記)
Ambrose Bierce
翻訳者
枯葉

M

MACE [杓杖]

n. 官の権威を示す杖。重い棍棒めいたその形態は、異論をさしはさむことを思いとどまらせるという本来の用途をほのめかしている。

MACHINATION [陰謀]

n. 清く正しいことをやろうという開かれた立派な努力をくじくために採用される手段。

So plain the advantages of machination
It constitutes a moral obligation,
And honest wolves who think upon't with loathing
Feel bound to don the sheep's deceptive clothing.
So prospers still the diplomatic art,
And Satan bows, with hand upon his heart.
R.S.K.
MACROBIAN [長寿者]

n. 神々に忘れ去られて長々と生きる人。歴史的には、メトセラからオールド・パーまで豊富な実例があるが、長寿についての注目に値する事例のなかにはやや知名度が低いものもある。コロニという、カラブリアの一農夫は、1753年に生まれ、世界平和の幕開けを垣間見たと自負できるころまで長生きした。スキャナヴィアスによれば、ある大司教は、高齢のため、自分が縛り首に値しなかった時期を覚えていたそうだ。1566年、イギリスはブリストルに住んでいたリネン商は、自分は500年間生きてきた、そしてその間一度も嘘をついたことはない、と宣言している。我が国にも長寿 (macrobiosis) についての事例がある。ショーンシー・デピュー上院議員は、思慮分別をもつに十分な年齢である。ニューヨークの地方紙「ジ・アメリカン」のかの編集者は、自分が悪人だったころのことを記憶としてはつきとめることができるが、事実としてはつきとめることができない。合衆国大統領は昔々に生まれでたため、彼の青年時代の友人たちの軍部・政界での栄達にはなんら関与していない。以下に挙げる詩は、ある長寿者によって書かれたものである。

When I was young the world was fair
  And amiable and sunny.
A brightness was in all the air,
  In all the waters, honey.
  The jokes were fine and funny,
The statesmen honest in their views,
  And in their lives, as well,
And when you heard a bit of news
  'Twas true enough to tell.
Men were not ranting, shouting, reeking,
Nor women "generally speaking."

The Summer then was long indeed:
  It lasted one whole season!
The sparkling Winter gave no heed
  When ordered by Unreason
  To bring the early peas on.
Now, where the dickens is the sense
  In calling that a year
Which does no more than just commence
  Before the end is near?
When I was young the year extended
From month to month until it ended.
I know not why the world has changed
  To something dark and dreary,
And everything is now arranged
  To make a fellow weary.
  The Weather Man -- I fear he
Has much to do with it, for, sure,
  The air is not the same:
It chokes you when it is impure,
  When pure it makes you lame.
With windows closed you are asthmatic;
Open, neuralgic or sciatic.

Well, I suppose this new regime
  Of dun degeneration
Seems eviler than it would seem
  To a better observation,
  And has for compensation
Some blessings in a deep disguise
  Which mortal sight has failed
To pierce, although to angels' eyes
  They're visible unveiled.
If Age is such a boon, good land!
He's costumed by a master hand!
Venable Strigg
MAD [狂った]

adj. 高度の知的独立心に冒された。思考・言動の研究から導かれた思考・言動のスタンダードと一致しない。多数派と争う。つまり、普通でない。正気だという証拠のない役人たちによって人々が狂ったというレッテルを貼られるということ、これは注目に値する。たとえば、いまここにいる(そして傑出した)辞書編纂者たるわたくしめは、自分がまったくの正気であることを、この国の精神病院のどの患者にも負けないくらい確信しているが、本当のところ、自分の力を求めているように思われる高邁な作業をやる代わりに、両手で療養所の鉄格子を叩いて自分はノア・ウェブスターなんだとがなりたてているだけで、幾千もの見物人の無邪気な喜びをかっているだけなのかもしれない。本人が知らないだけで。

MAGDALENE [マグダリーン]

n. マグダラの住人。一般的にはとある女性のことを指す。この単語の定義には無知の権威がついている。マグダラのマリアと使徒ルカが言及している罪を許された女性とは別人だからだ。また、この単語について、イギリスとアメリカとのあいだには認識のずれがある。イギリスでは、この単語を MAUDLIN と発音する。maudlin といえば、泣きたくなるような気持ちであることを意味する形容詞である。これに加え、彼ら一流のベツレヘムを Bedlam(気違い沙汰)と発音するやりかたをもってすれば、彼らから自分たちこそもっとも偉大な改訂者なのだと自慢されたとしても不当とは言えまい。

MAGIC [魔法]

n. 迷信を金銭に変換する。この高潔な目的の役に立つは他にもある。が、分別ある辞書編纂者としては、あえて名前を挙げないことにしたい。

MAGNET [磁石]

n. 磁力にしたがって機能する何か。

MAGNETISM [磁力]

n. 磁石で機能している何か。

上二つの定義は、一千の著名な科学者たちの仕事ぶりが凝縮されたものであり、彼らがこの問題に大いなる光明を投げかけてくれたおかげで、人間の知識は口では言い表せないほど発展したのである。

MAGNIFICENT [立派な]

adj. 見物人がふだん慣れているものと比べて雄大さや壮麗さにすぐれている。たとえば、ウサギにとってのロバの耳とか、ウジにとってのツチボタルの光とか。

MAGNITUDE [大きさ]

n. サイズ。大きさとは純粋に相対的なものであるから、大きいものとか小さいものとかは一切存在しない。もし宇宙にあるすべてのものの体積が一千倍になったとしても、何一つとして大きくなったものはないのだ。もしひとつのものにだけ変化が起こらなかったとしたら、他のものすべてが以前より大きくなったといえる。大きさの相対性、距離の相対性を踏まえれば、天文学者が宇宙に覚える感動も、細菌学者が微空間に覚える感動と特に変わるところのないものだと理解されるであろう。我々の目に映る宇宙もまた、実は、どこかの動物の生命流動体(発光性のエーテル)に浮かぶ原子の一部分とその原子を構成するイオンとに過ぎないのかもしれない。我々の血液に含まれる血球に生きる微生物も、血球間の想像を絶する距離を思って相応の念にうたれるのではなかろうか。

MAGPIE [カササギ]

n. 鳥の一種。がらくたを集めたがる性癖を見て、言葉を教え込めるのではないかと思わせられてしまう人もいる。

MAIDEN [乙女]

n. 女々しくない性別の若い人。激すれば犯罪へと繋がってしまいそうなほど、脈絡のない振舞いをし、脈絡のない見解を持っている。この種族は地理的に広く分布し、どこで探しても必ず見つかり、どこで見つかっても必ず悔やまれる。乙女は必ずしも目に不快というわけではなく、耳にとっても(ピアノと見解を聞かなければ)耐えられないほどではない。とはいえ、見栄えの点でははっきりと虹に劣るし、聞くに値する部分をとってみても、カナリアの敵ではない――また、カナリアの方携帯性にも優れている

A lovelorn maiden she sat and sang --
  This quaint, sweet song sang she;
"It's O for a youth with a football bang
  And a muscle fair to see!
      The Captain he
      Of a team to be!
On the gridiron he shall shine,
A monarch by right divine,
  And never to roast on it -- me!"
Opoline Jones
MAJESTY [陛下]

n. 王者の威厳と称号。この言葉は大統領閣下、総長猊下、議員様、ゆかしき名家御前など、アメリカ共和制の名誉ある人々によって軽蔑されている。

MALE [オス]

n. 考慮に値しない、あるいは無視可能な性別のメンバー。人間種族のオスは通例(メスにとって) Mere Man として知られている。この種には二つのバリエティがある。よき扶養者と悪しき扶養者と。

MALEFACTOR [悪人]

n. 人類の発展における主要因。

MALTHUSIAN [マルサス主義の]

adj. マルサスの主義に関連する。マルサスは人為的な人口制限を流儀としていたが、分かったのは口ではどうにもできないということだった。マルサス主義のもっとも実践的な解釈者はユダヤのヘロデ王である。もっとも、有名な軍人はみな同じような考え方をするものなのだが。

MAMMALIA [哺乳類]

n.pl. 脊椎動物の一科。自然状態では雌体が幼体に授乳して育てるが、文明化されたり啓蒙化されたりすると乳母に預けたり哺乳瓶を使ったりする。

MAMMON [マンモン・不浄の富]

n. 世の第一宗教を司る神。本寺院は神聖都市ニューヨークに存在する。

He swore that all other religions were gammon,
And wore out his knees in the worship of Mammon.
Jared Oopf
MAN [人間]

n. 自ら思い描く美しい己の姿に夢中になるあまり、自らの紛れもなくあるべき姿を見失っている動物。その主な仕事は他の動物を根絶やしにすること。同種も根絶やしにしようとするのだけれども、それ以上の勢いで増えてゆくため、いまや地球上のあらゆる居住可能地域およびカナダにはびこっている。

When the world was young and Man was new,
  And everything was pleasant,
Distinctions Nature never drew
  'Mongst kings and priest and peasant.
  We're not that way at present,
Save here in this Republic, where
  We have that old regime,
For all are kings, however bare
  Their backs, howe'er extreme
Their hunger. And, indeed, each has a voice
To accept the tyrant of his party's choice.

A citizen who would not vote,
  And, therefore, was detested,
Was one day with a tarry coat
  (With feathers backed and breasted)
  By patriots invested.
"It is your duty," cried the crowd,
  "Your ballot true to cast
For the man o' your choice." He humbly bowed,
  And explained his wicked past:
"That's what I very gladly would have done,
Dear patriots, but he has never run."
Apperton Duke
MANES [マーネース・死者の霊魂]

n. 死んだギリシャ人およびローマ人にとって重要な部分。それらは生まれ出てきた肉体が火葬され埋葬されるまで居心地の悪い状態にあった。そしてその後もたいして幸福になったとは思われない。

MANICHEISM [マニ教]

n. 光と闇は絶えず戦争しているのだと説く古代ペルシャ人の教義。光がこの戦いを投げ出したと見るやペルシャ人は勝利を得た対立者と結びついたのであった。

MANNA [マナ]

n. イスラエル人が荒野で奇跡的に与えられた食物。やがてもらえなくなると、彼らはそこに定住して土を耕し、概して先住民の死体でもって肥沃にした。

MARRIAGE [結婚生活]

n. あるコミュニティーの状態・条件。男主人1名・女主人1名・奴隷2名で構成されるが、全員足し合わせても2名にしかならない。

MARTYR [殉教者]

n. 死を求めて気が乗らない行為を極力回避する人。

MATERIAL [物質的な]

adj. 確かに実在していて、想像の産物と区別できる。重要な。

Material things I know, or fell, or see;
All else is immaterial to me.
Jamrach Holobom
MAUSOLEUM [陵・壮大な墓]

n. 金持ちによる、最後にして最高に笑える愚行

MAYONNAISE [マヨネーズ]

n. 一種のソース。フランスでは国教の代用品として活用されている。

ME [私を・私に・私へ]

pron. の嫌悪すべきケース*1。英語での人称代名詞には3つのケースがある。つまり、dominative 支配欲の*2、objectionable 嫌悪すべき*1、oppressive 押しつけがましい*3である。めいめいがみな3つのケースを含んでいるわけだ。

*1正しくは objective case で「目的格」

*2正しくは nominative case で「主格」

*3正しくは possessive case で「所有格」

MEANDER [曲がりくねって進む]

v.i. ぐねぐねとあてもなく進むこと。この単語は、トロイの南150マイルのところにあった川の昔の名前である。この川は、なんとかしてギリシャ人とトロイ人の力自慢を聞かずにすむよう、曲がりくねったのであった。

MEDAL [メダル]

n. 美徳・成果・奉仕などに対し、誠実さの多寡を問わずに与えられる金属の円盤。

ビスマルクに関するお話。溺れるひとを勇敢にも救って貰ったメダルについて問われたかれは、こう答えたのだそうな。「人を救ったこともありましてね」。そして、そうしなかったこともあったのだった。

MEDICINE [薬]

n. ブロードウェイのを殺すためにバワリー街から投げつけられる石。

MEEKNESS [従順]

n. 非常な忍耐力のこと。果たす価値のある復讐を企てている際に見られる。

M is for Moses,
    Who slew the Egyptian.
As sweet as a rose is
The meekness of Moses.
No monument shows his
    Post-mortem inscription,
But M is for Moses
    Who slew the Egyptian.
The Biographical Alphabet
MEERSCHAUM [海泡石]

n. (字義的には、海の泡。また、海の泡から作られると思っている人が多いが、誤り。)きれいな白色の土くれ。茶色く着色するために、パイプに加工され、この産業に従事する労働者によって煙を蒸かされる。着色する意図については、今のところ、生産者からの情報はない。

There was a youth (you've heard before,
    This woeful tale, may be),
Who bought a meerschaum pipe and swore
    That color it would he!

He shut himself from the world away,
    Nor any soul he saw.
He smoke by night, he smoked by day,
    As hard as he could draw.

His dog died moaning in the wrath
    Of winds that blew aloof;
The weeds were in the gravel path,
    The owl was on the roof.

"He's gone afar, he'll come no more,"
    The neighbors sadly say.
And so they batter in the door
    To take his goods away.

Dead, pipe in mouth, the youngster lay,
    Nut-brown in face and limb.
"That pipe's a lovely white," they say,
    "But it has colored him!"

The moral there's small need to sing --
    'Tis plain as day to you:
Don't play your game on any thing
    That is a gamester too.
Martin Bulstrode
MENDACIOUS [偽りの]

adj. レトリックに凝った。

MERCHANT [商人]

n. 営利の追求に従事する人。営利の追求とは、ドルを追求すること。

MERCY [慈悲]

n. 法律違反を見破られた人物から愛される特質。

MESMERISM [動物磁気催眠術・野生の魅力]

n. 正装し、馬車を雇い、疑り深い人々を招いてのディナーを開くようになる前の段階にある催眠術。

METROPOLIS [メトロポリス]

n. 田舎根性の要塞。

MILLENNIUM [ミレニアム]

n. 千年間の終わり。あらゆる改革主義者を下側に残したまま蓋がねじどめされるとき。

MIND [精神]

n. 脳に秘められたものが有するミステリアスな形質。主としてそれ自体の本質をつきとめようと努力するものだが、そこでそれに知ることができるのはそれ自体に限られるため、無益な試みに終わる。この単語はラテン語の mens からきている。ある名もない靴屋の話だが、博識なライバルが店に「Mens conscia recti (省みてまっすぐな心、かなあ)」という標語を看板に掲げたのを見た名もない靴屋は、自分の店にも「Men's, women's and children's conscia recti (省みてまっすぐな男に女に子どもたち、か)」と掲げたのであった。

MINE [我が]

adj. 私に所属している。ただし、握り締めておくことができれば。

MINISTER [大臣]

n. 強めの権限と少なめの職責を併せ持つ政府役人。外交においては、主君の敵愾心の化身として外国へ出かける役人。大臣としての第一条件は虚偽を言いくるめる能力があることだが、大使のそれに次ぐ程度でよい。

MINOR [下級の]

adj. より嫌悪すべきでない。

MINSTREL [吟遊詩人]

n. 古くは詩人、歌手、音楽家のこと。現在は、生きとし生けるものの我慢の限度を越えたユーモアを持ち、肌の黒さほどにはカラーのない黒人のこと。

MIRACLE [奇跡]

n. 自然秩序を無視した説明不能の行為、または出来事。キング4枚にエース1枚といったノーマルな手を、エース4枚にキング1枚という手で打ち負かすような。

MISCREANT [外道]

n. 価値のなさが最高級の人。語義としては「信じない者」を意味する単語。現在の意味は、神学が我々の言語の発展にたいへんやんごとない貢献をなした証拠とみなしてよいかもしれない。

MISDEMEANOR [軽犯罪]

n. 重犯罪(felony)よりも軽微な法律違反で、極上な犯罪社会への入場を欲していないもの。

By misdemeanors he essays to climb
Into the aristocracy of crime.
O, woe was him! -- with manner chill and grand
"Captains of industry" refused his hand,
"Kings of finance" denied him recognition
And "railway magnates" jeered his low condition.
He robbed a bank to make himself respected.
They still rebuffed him, for he was detected.
S.V. Hanipur
MISERICORDE [ミゼリコルド・とどめの短剣]

n. 中世の戦において歩兵が用いた、馬に乗っていない騎士に自分が人間(モータル)であることを思い出させるのに用いられた短剣。

MISFORTUNE [不運]

n. 絶対にとりのがさせてくれない類の運。

MISS [ミス]

n. 未婚の女性に、売りだし中という烙印をさりげなく押す肩書き。Miss, Missis (Mrs.), Mister (Mr.) の三つは、この言語においてこのうえなく明らかに不愉快な単語だ。意味的にも音的にも。初めの二つはミストレスが、最後のはマスターが崩れた形である。我が国では社会的敬称が広く廃止されているというのに、こやつらは奇跡的にそこから逃れ、今も我々を悩ましている。もしこんなものに必要があるのだとしたら、さあ、お次は未婚の男性のためにひとつこしらえてやろうではないか。私からは Mush (どろどろしたもの)、縮めて Mh. という肩書きを提案させていただこう。

MOLECULE [分子]

n. 物質の分割不可能究極単位。微粒子とはまた違う。こちらも物質の分割不可能究極単位だが、分子と比べて若干原子に近い。そして原子もまた、物質の分割不可能究極単位である。宇宙の成り立ちを扱う三つの重大な科学理論、それが分子・微粒子・原子なのだ。第四にくるものは、ヘッケルの主張によると、エーテル性沈殿物質の凝縮である――エーテルの存在は、沈殿物の凝縮によって証明される。科学的思考の最新の関心は、イオンの理論に向けられている。イオンが分子・微粒子・原子と大きく異なるのは、それがイオンであるという点だ。第五理論といわれるものは、白痴どもによって主張されているが、彼らがこの問題について他者以上に知っているとは到底思えない。

MONAD [単子]

n. 物質の分割不可能究極単位(分子参照のこと)。ライプニッツ*の理解されたいと願っていると思われるところにできるかぎりよると、単子は肉感的でなく、心に訴えるようなところもないらしい――ライプニッツは彼女のことを先天的空想力によって知ったのだが。ライプニッツは彼女のうちにひとつの宇宙理論を見出したが、それについてこの偉大な淑女は憤慨することなく耐えている。その体は小さいながら、彼女はドイツ第一級の哲学者へと成長しうるだけの力量と可能性を秘めている――つまり、きわめて有能な小物に。単子を細菌やバチルスと混同してはいけない。高倍率の顕微鏡を使えば、彼女が他種と異なるのはまったく明らかなことだ。

MONARCH [君主]

n. 統治に従事するひと。かつて、君主は rule していた。まさにそのことばの起源が指し示し、多くの実例をもって示されてきたように。ロシアと東洋では、いまも世の中や人間の首を左右できるくらいの力を持っているが、西ヨーロッパではその政治的権力は大部分が大臣たちに委ねられ、本人は自分の首の状態に関する思考に汲々としている。

MONARCHICAL GOVERNMENT [君主政治]

n. 政治のこと。

MONDAY [月曜日]

n. キリスト教国では、野球試合の翌日。

MONEY [金銭]

n. 別れるとき以外は何の役にも立たない神の恵み。教養の証明、社交界へのパスポート。頼りになる財産。

MONKEY [サル]

n. 家系図 (genealogical tree) でくつろいでいる樹上性動物。

MONOSYLLABIC [単音節の]

adj. ひとつの音節からなる単語の。文学的赤子という、適切だがおもしろみのかけらもないぎゃあぎゃあ語によって自分の喜びを表現することにいつまでも飽きない者のためにある。こうした単語は通例サクソン語である――すなわち、イデアを欠く、幼稚な感情を表現すること以外にはまったく無能である蛮人の言葉なのだ。

The man who writes in Saxon
Is the man to use an ax on
Judibras
MONSIGNOR [モンシニョール]

n. ローマカトリック教会の高位聖職者に与えられる肩書き。その効用を我々の宗教の創始者は見落としてしまったのだけれども。

MONUMENT [モニュメント]

n. 記念する必要もなければ祝うにも値しない何かを記念しようとして作られる建築物。

The bones of Agammemnon are a show,
And ruined is his royal monument,
アガメムノンの骨は見世物
その気高きモニュメントも廃墟

なのだけれども、だからといってアガメムノンの名声が損なわれたりはしていない。モニュメントの習慣にも deductiones ad absurdum なものがある。「名もなき死者へ」のモニュメント――つまり、なんの思い出もないひとの思い出を永続させようとする墓石のことだ。

MORAL [道徳的な]

adj. 地域的で、移ろいやすい善の基準に準拠する。広くご都合主義的性質をもった。

東に山脈ありと云う。その片側にては不道徳と云いし振舞を、亦たその片側にては敬すべき行いと為す。山の者、その日の気分次第で好む側に赴き、非難されることなく行動できたが故に、その簡便、極めて大であったとなん語り伝えたるとや。
Gooke's Meditations
MORE [もっと]

adj. too much の比較級。

MOUSE [ネズミ]

n. 行く先々で気絶する婦女子を量産する動物。ローマでキリスト教徒たちがライオンの前に投げ出されたように、その数世紀前には、オタムウィー*1という世界一古くて有名な街では異端の女性たちがネズミの前に投げ出されていた。ヤカク=ゾトプという、オタムウィー人として唯一著書を現代に残している歴史家は、こうした殉教者たちが尊厳もなにもなくあがきまわりながら死んでいったと言っている。そのうえ彼は、ネズミたちの無罪を主張しようと(偏見による悪意とはそういうものだ)、かの不運な女罪人たちの死因が疲労だったり転倒によって首の骨を折ったためであったり気付け薬がなかったりしたためだ、と断じてやまない。ネズミたちは鬼ごっこの楽しみを平常どおり楽しんでいたにすぎない、と。だが「ローマ史の90%は嘘である」*2のであれば、愛すべき女性たちに信じがたいほど残酷な真似ができる人々の記録についても、こうしたレトリカルな数字を低めて適用してやるわけにはいくまい。というのも、残忍な心には偽りの舌がともなうものだから。

*1ビアスの短編 "Dog-oil" に登場する同名の町は近代アメリカを背景としている。おそらく、ビアスがでっちあげた架空の地名。

*2Barthold Georg Niebuhr [1776-1831] からの引用と思われる。

MOUSQUETAIRE [長手袋]

n. 腕の一部を覆う手袋。ニュージャージーで用いられる。だが "mousquetaire" とは muskeeter のスペルを無残に改変したものである。

MOUTH [口]

n. 男性の場合はソウルへの入り口。女性の場合はハートの出口。

MUGWUMP [反主流派]

n. 政治では、自尊心に苦悩し、独立心という悪徳のとりこになっているひと。侮蔑語。

MULATTO [混血児]

n. 異なる人種の間に生まれた子ども。その両方を恥じている。

MULTITUDE [群集]

n. 大勢の人。政治的な知見と美徳のみなもと。共和政体では、政治家の敬愛の対象。「三人寄れば文殊の知恵」とことわざにいわく。そうなると、三人のうちもっとも賢いひとりは、単に徒党を組むだけで過分の知恵を得られることになる。いったいどこから? 明らかに、どこからでもない――山脈が、山脈を構成する個々の山のいずれよりも高く見えるのと同じことだ。群集の知的水準は、その中のもっとも賢い人物に従う場合は、その人物の賢さに等しい。従わない場合、その中のもっとも愚かな人物を超えることはない。

MUMMY [ミイラ]

n. 古代エジプト人。以前は近代国家において薬として広く用いられ、現在は美術用のすばらしい絵の具の原料として用いられる。博物館でも、人間と下等動物とを見分けさせてくれる野卑な好奇心を満たすのに便利。

By means of the Mummy, mankind, it is said,
Attests to the gods its respect for the dead.
We plunder his tomb, be he sinner or saint,
Distil him for physic and grind him for paint,
Exhibit for money his poor, shrunken frame,
And with levity flock to the scene of the shame.
O, tell me, ye gods, for the use of my rhyme:
For respecting the dead what's the limit of time?
Scopas Brune
MUSTANG [マスタング]

n. 西部地方では暴れ馬のこと。イギリス社会では、英国貴族に嫁いだアメリカ娘のこと。

MYRMIDON [ミュルミドン]

n. アキレスの支持者――とくに、アキレスが指導していないときの。

MYTHOLOGY [神話]

n. 原始人の信念が集められたものことで、その起源、初期の歴史、英雄たち、神々などに関する話だが、後代に編纂された真実とは明らかに違うもの。


原文
"The Devil's Dictionary" (1910)
翻訳者
枯葉
ライセンス
クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンス
公開日
2001年7月13日
最終修正日
2012年9月7日
URL
Egoistic Romanticist: http://www1.bbiq.jp/kareha/
特記事項
プロジェクト杉田玄白正式参加テキスト。