悪魔の辞典

原題
The Devil's Dictionary
作者
アンブローズ・ビアス
作者(英語表記)
Ambrose Bierce
翻訳者
枯葉

B

BAAL [バール]

n. 古代神のひとりで、かつてはさまざまな名前で崇拝された。まず、バールという名前では、フェニキア人の人気を集めていた。ベラス、あるいはベルという名前では、ベロッサス司祭という、ノアの洪水について著した人物の信仰を受けていた。バベルという名前では、シナル平原にそびえる未完成の塔を所有していた。英語の "babble" (無駄口)はバベルに由来している。どんな名前で信仰されるにせよ、バールは太陽神である。ベルゼブブという名前では蝿の神だが、これは蝿たちが太陽光線を浴びた淀んだ水から生まれてくるからだ。医国では、いまもボラス(「大丸薬」)として信仰されており、ベリー(「胃」)という名前では、貪食共和国の僧侶たちによって信仰され、たくさんの捧げものを受け取っている。

BABE or BABY [赤ん坊]

n. 年齢・性別・身分不詳の異形の生命体。そのものには感情がないが、他人の共感や反感を激しく掻き立てるのがおもな特徴。有名な赤ん坊もいる。たとえば小モーゼ。間違いなく、彼の葦原での冒険から、紀元前7世紀のエジプト女司祭たちは幼少時のオシリスが水蓮の葉の上に置かれていたという根拠レスな物語を捏造した。

    Ere babes were invented
    The girls were contended.
    Now man is tormented
Until to buy babes he has squandered
His money. And so I have pondered
    This thing, and thought may be
    'T were better that Baby
The First had been eagled or condored.
Ro Amil
BACCHUS [バッカス*]

n. 古代人が酔っ払うための言い訳としてこしらえた便利な神さま。

*ギリシア神話に登場する酒の神。

Is public worship, then, a sin,
  That for devotions paid to Bacchus
The lictors dare to run us in,
  And resolutely thump and whack us?
Jorace
BACK [背中]

n. 逆境にあるときにじっくり眺めることが特別に許される、友人の体の一部。

BACKBITE [中傷する]

v.t. ある人について気づいたことを、その人にみつからないときに言うこと。

BAIT [餌]

n. 釣り針をよりよく口に合うようにするもの。そのうち、最高のものは美貌

BAPTISM [洗礼]

n. 聖なる儀式。これを受けることなくして天国に赴いてしまったものを永遠に破滅させる力を持つ。水を用いるが、その方法は2とおり――浸礼、というかおとしいれること。もうひとつは散水礼、というかふっかけること。

But whether the plan of immersion
Is better than simple aspersion
  Let those immersed
  And those aspersed
Decide by the Authorized Version,
And by matching their agues tertian.
G.J.
BAROMETER [晴雨計]

n. 現在進行中の天気の種類をほのめかす天才的な発明。

BARRACK [兵営]

n. 兵隊たちが、他者から略奪するという己の職務から得たものを山分けする家。

BASILISK [バシリスク*1]

n. コカトリス*2のこと。雄鶏の卵からかえった蛇の一種。バジリスクは邪眼の持ち主で、その一睨みは命に関わるものだ。不信心者の多くはこの生物の存在を否定しているが、センプレロ・オーレイターは、ジュピターの愛する貴婦人を命にかかわるような眼差しで見つめた罰として、稲妻に打たれて盲目になってしまったものを見たと論じている。のち、ジュノーがそのトカゲじみたやつの視力を回復させ、洞穴にかくまってやったそうな。古代人によって証明されたことがらのうち、バシリスクの存在ほど見事に証明されているものはないのだけれども、いまや雄鶏は卵を生まなくなっている。

*1ギリシア神話由来。アフリカ砂漠に生息し、眼光や呼気によって人を殺したという、伝説上の生物。現実の生物としては、セビレトカゲのことをいう。

*2頭・足・翼は鶏、胴体と尾は蜥蜴という姿をした伝説上の生物。眼光によって人を殺す能力をもつとされる。現代の幻想生物学(というものがあるとして)ではバシリスクと区別されることが多いが、もともとは区別されない。

BASTINADO [バスティナド*]

n. 丸太の上を苦もなく歩くという行為。

*足の裏を棒で叩くという刑罰。で、どういう意図の定義なのかは分かりませんです。「歩く」ってどういうことだろ。

BATH [入浴]

n. 宗教的な礼拝にとって代わる神秘的な儀式の一種だが、その霊験はまだ確定されていない。

The man who taketh a steam bath
He loseth all the skin he hath,
And, for he's boiled a brilliant red,
Thinketh to cleanliness he's wed,
Forgetting that his lungs he's soiling
With dirty vapors of the boiling.
Richard Gwow
BATTLE [戦闘]

n. 舌先ではほどけなかった政治的もつれを歯でほどくという手段。

BEARD [顎鬚(あごひげ)]

n. 頭を剃りあげるという中国の風習を馬鹿にするひとたちのほとんどが切り落としてしまう毛のこと。

BEAUTY [美しさ]

n. 女性が恋人を魅了し、を怖がらせる力。

BEFRIEND [友達を作る・助ける]

v.t. 忘恩の徒を作る。

BEG [乞う]

v. 貰えるわけがないという信念と釣り合うくらいの熱心さで何かを求めること。

Who is that, father?
           A mendicant, child,
Haggard, morose, and unaffable -- wild!
See how he glares through the bars of his cell!
With Citizen Mendicant all is not well.

Why did they put him there, father?

                   Because
Obeying his belly he struck at the laws.

His belly?

      Oh, well, he was starving, my boy --
A state in which, doubtless, there's little of joy.
No bite had he eaten for days, and his cry
Was "Bread!" ever "Bread!"

              What's the matter with pie?

With little to wear, he had nothing to sell;
To beg was unlawful -- improper as well.

Why didn't he work?

           He would even have done that,
But men said: "Get out!" and the State remarked: "Scat!"
I mention these incidents merely to show
That the vengeance he took was uncommonly low.
Revenge, at the best, is the act of a Siou,
But for trifles --

          Pray what did bad Mendicant do?

Stole two loaves of bread to replenish his lack
And tuck out the belly that clung to his back.

Is that all father dear?

              There's little to tell:
They sent him to jail, and they'll send him to -- well,
The company's better than here we can boast,
And there's --

        Bread for the needy, dear father?

                          Um -- toast.
Atka Mip
BEGGAR [乞食]

n. 友人の支援に依存するひと。

BEHAVIOR [行動]

n. ふるまうこと。決意したかのように。信念からではなく、血に駈りたてられて。以下に挙げる Dies Irae という詩について、訳者であるジャムラック・ホロボム博士によるこの言葉の使い方は、ややいい加減なように思える。

  Recordare, Jesu pie,
  Quod sum causa tuae viae.
  Ne me perdas illa die.
Pray remember, sacred Savior,
Whose the thoughtless hand that gave your
Death-blow. Pardon such behavior.
BELLADONNA [ベラドンナ]

n. イタリア語では美しい女性のこと。英語では致死性毒物のこと。このふたつの言語の本質的な同一性をあらわす著しい一例。

BENEDICTINES [ベネディクト修道会*]

n.pl. またの名を黒い修道僧として知られる修道士の集団。

*530年頃に聖ベネディクテゥスがモンテ・カルロに設立した修道会。黒衣を着用する。

She thought it a crow, but it turn out to be
  A monk of St. Benedict croaking a text.
"Here's one of an order of cooks," said she --
  "Black friars in this world, fried black in the next."
"The Devil on Earth" (London, 1712)
BENEFACTOR [後援者]

n. 忘恩というヘビーな買い物をするひと。しかしながら、実質的な価格の上昇がおきないため、いまだにあちこちで見られる。

BERENICE'S HAIR [髪の毛座]

n. 字義としてはベレニスの髪(Coma Berenices)。夫を救うために自分の髪の毛を犠牲にした女性を称えて名づけられた星座。

Her locks an ancient lady gave
Her loving husband's life to save;
And men -- they honored so the dame --
Upon some stars bestowed her name.

But to our modern married fair,
Who'd give their lords to save their hair,
No stellar recognition's given.
There are not stars enough in heaven.
G.J.
BIGAMY [二重結婚]

n. 嗜好上の過ちのことで、未来の知見は、これに対して三重結婚という名の刑罰を下すであろう。

BIGOT [頑固者]

n. 他人が喜ばない意見を執念深くかつ熱狂的に抱くひと。

BILLINGSGATE [悪態]

n. 敵対者の非難。

BIRTH [生誕]

n. 最初にして最大の災厄。その性質に関してはとくに共通点は見られない。カスターとポラックスは卵からかえった。パラスは頭蓋骨から飛び出してきた。ガラティアはかつて石くれであった。ペラサラスという10世紀のもの書きは、司祭が聖水を振りまいた地面から生えてきたのだと自ら断言している。アリマクサスが、稲妻にうがたれた土の穴から出てきたのはよく知られている。リュコメドンはエトナ山の大洞穴の息子である。そして私もまた、ワインセラーから男が一人飛び出してくるところを見たことがある。

BLACKGUARD [ごろつき]

n. 性格を、まるで市場に並べられたベリーの箱――見事なものを上にしてあるのだが――を逆から開けてしまったかのように備えているひと。紳士の-1乗。

BLANK-VERSE [無韻詩]

n. 無韻弱強五歩格――受けるように書くのがもっとも難しい類の英詩。またそれゆえに、いかなる種類の詩を書いても受けない人々によって深く愛される類のものでもある。

BODY-SNATCHER [死体泥棒]

n. 墓の蛆虫から略奪するひと。老いたる医者が葬儀屋に送り届けたものを、あらためて若い医者へと送り届けるひと。ハイエナ

"One night," a doctor said, "last fall,
I and my comrades, four in all,
  When visiting a graveyard stood
Within the shadow of a wall.

"While waiting for the moon to sink
We saw a wild hyena slink
  About a new-made grave, and then
Begin to excavate its brink!

"Shocked by the horrid act, we made
A sally from our ambuscade,
  And, falling on the unholy beast,
Dispatched him with a pick and spade."
Bettel K. Jhones
BONDSMAN [保証人]

n. 自前の財産を持ちながら、他人から第三者へ委ねられるものに対する責任を引きうける愚者

寵臣を、放蕩な貴族だったが、華々しい職に任官したい思ったオルレアンのフィリップ、彼にどんな保証を用意できるか聞いてみた。

答えて曰く、「保証人などいりません。私は陛下に信義の言葉を用意できますゆえ」と。

「ほほう、それにどれくらいの価値があるのかな?」と摂政は面白がって尋ねた。

「黄金にして、その重みと等しい価値がございます」

BORE [退屈な人]

n. こっちの話を聞いてほしいときに喋るひと。

BOTANY [植物学]

n. 野菜の科学。食用になるものはもちろん、ならないものまで含まれる。扱うのは主として花だが、それらはたいていデザインがまずく、非芸術的な色使いで、しかも悪臭を放つ。

BOTTLE-NOSED [とくり鼻の]

adj. 生産者が思い描いたとおりに創られた鼻をした。

BOUNDARY [国境線]

n. 政治的地理問題において、二国間にあり、一方の国の想像上の権利ともう一方の国の想像上の権利とを分けへだてる、想像上の線のこと。

BOUNTY [気前のよさ]

n. 持たざる者にできるだけのものを手にすることを許すという、持てる者の特権。

なんでも、ツバメはたった一羽で毎年千万匹の昆虫を食うそうだ。それほどの昆虫をお与えくださるということ、それは造物主の、創造物に対する気前のよさをはっきりと指し示す例だと私は思う。
Henry Ward Beecher
BRAHMA [ブラフマー*1]

n. インド人の作り手。そのインド人はヴィシュヌ*2によって守られ、シヴァ*3によって滅ぼされる。この分業体制は、他の諸国における神々に見られるようなものと比べると、ややさっぱりしている。たとえば、アブラカダブラ人は、ツミによって創られ、ヌスミによって養われ、オロカサによって滅ぼされる。ブラフマーの司祭は、アブラカタブラ人の司祭と同様、絶対に不埒でない神聖にして博学なる人々である。

*1後期ヒンドゥー教の第一神。

*2後期ヒンドゥー教の第二神。保持を司る女神。

*3後期ヒンドゥー教の第三神。破壊を司る。

O Brahma, thou rare old Divinity,
First Person of the Hindoo Trinity,
You sit there so calm and securely,
With feet folded up so demurely --
You're the First Person Singular, surely.
Polydore Smith
BRAIN [脳]

n. 実験器具のこと、これを用いて我思うと我思う。またこれこそが、何者かになりたがっているひとと、何かであることに満足しているひととを分け隔てる。富める者、あるいは無理に高い地位につけられた者は、一般に頭蓋骨一杯の脳を貯えているため、隣人は帽子をとらないわけにはいかなくなる。我々の文明では、また、共和政体をとる我々の政治では、脳とはとても名誉なものであるため、役所の世話にならずにすむという特権を与えられている。

BRANDY [ブランデー]

n. 雷鳴稲妻1・後悔1・血塗られた殺人2・デス=ヘル=アンド=ザ=グレイヴ*11・浄化された魔王4の割合で造られている酒。服用せよ、いつでも頭一杯に。ジョンスン博士*2の言葉を借りれば、ブランデーとは英雄の飲み物なのだ。英雄だけがブランデーを飲むという冒険をする。

*1death-hell-and-the-grave: 語義不明。聖書に救済とは death(死)、Hell(地獄)、the grave(墓)から救われることだという記述あり(というか、death が運ぶ先の the grave を Hell と同義に扱うことも多いらしい)。このへんを材料に適当に推測してくれい。

*2Samuel Johnson [1709-1784] 史上初の学術的英語辞書 A Dictionary of the English Language の編纂者。「クラレットは子どもの飲み物、ポートワインは大人の飲み物だ。けれども英雄たらんと志すものはブランデーを飲まねばならない」

BRIDE [花嫁]

n. 幸せ探しを過去に葬り去った女性

BRUTE [けだもの]

n. HUSBAND [夫] 参照のこと。


原文
"The Devil's Dictionary" (1910)
翻訳者
枯葉
ライセンス
クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンス
公開日
2001年7月13日
最終修正日
-
URL
Egoistic Romanticist: http://www1.bbiq.jp/kareha/
特記事項
プロジェクト杉田玄白正式参加テキスト。