悪魔の辞典

原題
The Devil's Dictionary
作者
アンブローズ・ビアス
作者(英語表記)
Ambrose Bierce
翻訳者
枯葉

J

J は、英語だと子音だが、一部の民族は母音として用いる――これほどばかげたことは他にあるまい。今の形とは若干異なるが、元々は感情を押し殺すイヌの尻尾の形をしており、また表音文字ではなく象形文字で、ラテン語の動詞 jacere 「投げる」を意味していた。なぜならば、イヌめがけて石を投げつければ、その尻尾がこのような形になると考えられるからだ。これがこの文字の起源である。ベオグラード大学の高名なジャコルパス・バマー博士もそう説いており、博士はこの問題の結論を3巻からなる四折半の書物で証明して見せたが、ローマアルファベットの J には元々は丸まったところがないということに気付かされて自殺してしまった。

JEALOUS [やきもち焼きの]

adj. 保つ価値がなくなったとたん失われてしまうかもしれないものの保存に過度に気を使っている。

JESTER [道化師]

n. かつて、国王に召抱えられていた役人。滑稽な動作と話術で宮廷に笑いを提供するのが仕事だった。その馬鹿らしさはまだら染めの衣装を見てわかるとおり。威厳のある正装をしていた国王の命令のほうがむしろ、笑いを誘うに十分な滑稽さを備えていた。しかも、宮廷内のみならず、全人類に。道化師は通例、フールと呼ばれていたが、詩人とロマンス書きは道化師を際立って機知に富んだ賢い人物として描きたがる。今日のサーカスでは宮廷道化師の亡霊が、生前、王族の涙栓を抜き、貴族のユーモア感覚を痛めつけていたころと同じネタで、身分卑しき見物人の落胆を誘っている。

The widow-queen of Portugal
  Had an audacious jester
Who entered the confessional
  Disguised, and there confessed her.

"Father," she said, "thine ear bend down --
  My sins are more than scarlet:
I love my fool -- blaspheming clown,
  And common, base-born varlet."

"Daughter," the mimic priest replied,
  "That sin, indeed, is awful:
The church's pardon is denied
  To love that is unlawful.
"But since thy stubborn heart will be
  For him forever pleading,
Thou'dst better make him, by decree,
  A man of birth and breeding."

She made the fool a duke, in hope
  With Heaven's taboo to palter;
Then told a priest, who told the Pope,
  Who damned her from the altar!
Barel Dort
JEWS-HARP [ジューズハープ]

n. 非音楽的な弦楽器のことで、歯でしっかりとくわえた馬蹄型の器具を、指で払いおとすようにして奏でる。

JOSS-STICKS [線香]

n.pl 我々の聖なる教えの聖なる儀式を模倣するという、異教徒の典型的愚行に手を染めた中国人によって焼き払われる小さな棒のこと。

JUSTICE [裁き]

合衆国が、国民の忠誠・税金・個人的奉仕に対する報酬として売りに出す、程度の差はあれ質の落ちた状態にある日用品。

K

K はギリシャ語に由来する子音だが、そこからさらにたどってゆくと、スメロ半島に住んでいた商業民族、セラスィア人にまでさかのぼることができる。彼らの言語では、この文字は Klatch といい、これは「破壊された」という意味だった。文字の形も、もともとは我々の H とまったく同じだったのだが、博学なスネデカー博士の説によると、紀元前730年より前に、エルテ神殿が地震によって倒壊したことを記念して、現在の形に変化したらしい。この建物は前廊(ポーチ)にある2本の巨大な円柱で有名だったが、震災のおり、片一方は直立したまま残ったが、他方は半分に折れてしまった。H はこの2本の柱を見たてたものであったことから、かの偉大な考古学者は、この大災害の記憶が民族の記憶に留まるよう形を変えたとは、感動的とまでは言わないものの、自然で質朴なことではないか、と考えたわけだ。この文字の名前が本当にこじつけ的記憶術として変更されたのか、あるいは、元々 Klatch という名前で、かの破壊は大自然の駄洒落であったのか、真相の程は分かっていない。どちらにしてもありえそうなことだから、私としては両方を信じることに異論はない――スネデカー博士は前者の意見に組したが。

KEEP [保つ]

v.t.

He willed away his whole estate,
  And then in death he fell asleep,
Murmuring: "Well, at any rate,
  My name unblemished I shall keep."
But when upon the tomb 'twas wrought
Whose was it? -- for the dead keep naught.
Durang Gophel Arn
KILL [殺す]

v.t. 継承者を指定することなく空きを作ること。

KILT [キルト]

n. ときにアメリカ在住スコットランド人やスコットランド在住アメリカ人が着る衣装。

KINDNESS [親切]

n. 強要全10巻における手短な序文。

KING [王]

n. アメリカでは通例 "crowned head" として知られる男性。ただし、王冠をかぶっていることは絶対になく、たいていは語るに値する頭もない。

A king, in times long, long gone by,
  Said to his lazy jester:
"If I were you and you were I
My moments merrily would fly --
  Nor care nor grief to pester."

"The reason, Sire, that you would thrive,"
  The fool said -- "if you'll hear it --
Is that of all the fools alive
Who own you for their sovereign, I've
  The most forgiving spirit."
Oogum Bem
KING'S EVIL [瘰癧(るいれき)]

n. かつては王者が触れることで治療されたが、今は医者の領分になっている病気のこと。イギリスの「もっとも敬虔なるエドワード」*1は、その御手を病に苦しむ患者に差し伸べたので、彼らをしてみな――

        a crowd of wretched souls
That stay his cure: their malady convinces
The great essay of art; but at his touch,
Such sanctity hath Heaven given his hand,
They presently amend,

王の治療を待つ病める人々の群れとなさしめました。この病は医術による必死の試みをも受けつけません。ですが、陛下の御手には神がお与えくださった聖なる力があるために、触れただけで治してしまうのです、*2

 と、「マクベス」に出てくるあの医者が言っているように。この、王者の手にあった能力は、どうやら、その他の王室財産とともに譲られていったらしい。なぜなら「マルコム」によれば、

            'tis spoken
To the succeeding royalty he leaves
The healing benediction.

聞くところによると、後継ぎにあの癒しの力を遺すらしい。*2

だが、この才能は系譜のどこかで脱け落ちてしまったらしい。後代のイギリス国王たちに触わって治療を行ったものはいないし、かつては "king's evil" という名を冠せられたこの病も、今や "scofula" という、雌豚 (scrofa) からきた卑しい名前に成り下がっている。以下に挙げる寸鉄詩について、その作者以外に作者と日付を知っている者はいないが、スコットランドの風土病についての揶揄が昨日今日のものではないということを示すくらいには古いものである。

Ye Kynge his evill in me laye,
Wh. he of Scottlande charmed awaye.
He layde his hand on mine and sayd:
"Be gone!" Ye ill no longer stayd.
But O ye wofull plyght in wh.
I'm now y-pight: I have ye itche!

王の手に触ってもらうことでこの病が治療できるという迷信は死んだ。ただ、確信が崩れ去るときには多いことだが、とあるしきたりを墓石代わりに残し、その若かったころ想い出を今に伝えている。列をなして大統領の手を握るという慣行の起源はこれに他ならない。そして、大統領が

          strangely visited people,
All swoln and ulcerous, pitiful to the eye,
The mere despair of surgery,

不運な患者たち――みな体は膨れ、皮膚は崩れ、正視に耐えないような、医者も見捨てた哀れな人々*2

に癒しを施すとき、大統領と患者たちは、あらゆる階級の人々によって支えられてきた祭壇で大昔に信頼の聖火を灯された松明を、そして今やその火が消えてしまっている松明を、手渡してゆくのである。それは、美しくて心洗われるような「生き残り」――我らの「日常と胸」*3のうちにある故郷と神聖なる過去とを近づけてくれるものなのだ。

*1ウィリアム・シェイクスピア「マクベス」第4幕第1場より。

*2同第4幕第3場より。

*3トーマス・ベーコン「エッセイ集」より。

KISS [キス]

n. 詩人たちによって "bliss" (至福)と韻を踏むために考案された単語。一般的に言うと、十分な理解に伴うなんらかの儀式か、あるいはセレモニーを意味していると考えられているらしいのですが、辞書編纂者たるわたくしめは、その作法を存じておりません。

KLEPTOMANIAC [窃盗狂]

n. 金のある泥棒。

KNIGHT [騎士]

n.

Once a warrior gentle of birth,
Then a person of civic worth,
Now a fellow to move our mirth.
Warrior, person, and fellow -- no more:
We must knight our dogs to get any lower.
Brave Knights Kennelers then shall be,
Noble Knights of the Golden Flea,
Knights of the Order of St. Steboy,
Knights of St. Gorge and Sir Knights Jawy.
God speed the day when this knighting fad
Shall go to the dogs and the dogs go mad.
KORAN [コーラン]

n. イスラム教徒が、神聖なるインスピレーションから書き上げられたと愚かにも信じている本のこと。キリスト教徒が、悪質な詐欺行為だと知っている本のこと。聖書に対する矛盾。


原文
"The Devil's Dictionary" (1910)
翻訳者
枯葉
ライセンス
クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンス
公開日
2001年7月13日
最終修正日
2001年9月25日
URL
Egoistic Romanticist: http://www1.bbiq.jp/kareha/
特記事項
プロジェクト杉田玄白正式参加テキスト。